ギックスの残虐(The Cruelty of Gix)はカードセット「団結のドミナリア」収録の英雄譚エンチャント・カードである。
今回は、ファイレクシアの法務官ギックスのいかなるエピソードが英雄譚カードとして取り上げられたのかを、イラストやストーリー作品、カードのメカニズムから読み解いていく。
ギックスの残虐の解説
ギックスの残虐(The Cruelty of Gix)はファイレクシアの法務官ギックスにまつわる物語を描出している。
この英雄譚はギックスのどんなエピソードを語っているのか?イラストやカードのメカニズムから読み解いていこう。
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ギックスの残虐のイラスト
まずはギックスの残虐のイラストを確認してみよう。
イラスト中央にいるのが、ヨーグモスの法務官(Gix, Yawgmoth Praetor)である。カードセット「ウルザズ・サーガ」から24年振りの登場ということで、外見デザインが大幅に変更になってしまったが、これが2022年版の最新のギックスの姿だ。次のカードセット「兄弟戦争」でもこのデザインで登場することが確定している。
カードセット「ウルザズ・サーガ」が扱っている時代、ファイレクシアの真の支配者ヨーグモス(Yawgmoth)は次元の中心で休眠状態となっていた。そこでヨーグモスの代理として、法務官ギックスがファイレクシアを統治していた。
イラスト上段:潜伏工作員
次はイラスト上部だ。ギックスが右腕で宙に放り投げた人物がいる。
この人物の容貌は、カードセット「ウルザズ・サーガ」のキャラクター、潜伏工作員、ザンチャ(Xantcha, Sleeper Agent)とそっくりである。ただし、ザンチャ本人であるとは限らない。
小説Planeswalkerによれば、ザンチャは潜伏工作員の第一世代である。第一世代は小柄な人間型で、性別はなく中性的な姿1をしており、すべて同じ顔をしている。少なくともドミナリア暗黒時代の年代記には「同じ顔の不気味な異邦人集団が突然出現した」との旨が記されているため、もし双子のようにそっくりでなかったとしても非常に似通っていたと考えられる。ちなみに、この外見のためにドミナリア人に気付かれ排除されて、第一世代は失敗に終わった。
第一世代の失敗を受けて、暗黒時代中に潜伏工作員は改善された第二世代になる。より体格が大きくなり、明確に男女の性別がつけられた(おそらくは外見のバリエーションも増やされていたはずだ)。
したがって、イラストの人物はザンチャ本人、もしくは、暗黒時代に誕生した潜伏工作員の第一世代の誰か、を描いていると分かる。
イラスト下段:ローブの集団
次はイラストの下段に目を向けると、ギックスの周りにはローブ姿の集団がいる。彼を信奉するギックス教団員(ギックス派)や、ギックス統治下のファイレクシアンであろう。
集団の中でも目を引くのがギックスの足元には跪いた人物3名だ。真ん中の人物は恐れ許しを請うように頭を垂れ、画面右の人物は両腕を上げてギックスに捧げるような動作をしている。
イラスト全体の流れ
ここでカードの全体像を改めて見ると、イラスト内の流れが分かる。
まずファイレクシアン(ギックス派?)が、第一世代型潜伏工作員(ザンチャ?)をギックスへと差し出した。すると、ギックスは潜伏工作員を右手で掴み、無造作に宙へと放り投げたのである。その剣幕にファイレクシアンは恐れ許しを乞うのだった。
該当するストーリー作品を探る
法務官ギックスおよびザンチャら第一世代型潜伏工作員のストーリーは、カードセット「ウルザズ・サーガ」と小説Planeswalkerで語られているものだ。
カードセット「ウルザズ・サーガ」と小説Planeswalkerには、ファイレクシアンの前でギックスがザンチャを放り投げる場面は存在しない。ただし、小説中には似た雰囲気を持つ場面を見つけ出せる。
小説Planeswalker
AR63年大晦日、兄弟戦争はゴーゴスの酒杯の爆発で終戦を迎えた。ギックスは酒杯爆発から緊急退避してファイレクシア次元に帰還した。AR64年以後の暗黒時代、ギックスは新たな作戦として潜伏工作員を育成してドミナリアに送り出す方針に切り替えた。
潜伏工作員の候補者は支部(the cadre)という単位で教育と訓練を受ける。彼らはファイレクシアンとして完成される前の、未完成な脆い肉体の状態で訓練に従事することになる。
生誕槽で培養途中のファイレクシアンは「イモリ(Newt)」という幼生体なのだが、訓練中の潜伏工作員は未熟で未完成な様から、幼生体になぞらえてイモリの蔑称で呼ばれていた。完成したファイレクシアンにとって見下される、取るに足らない存在だったのである。
訓練中のファイレクシアン・イモリには個人名はなく、各イモリは支部ごとに割り当てられた場所で呼ばれた。教育・訓練・食事・睡眠をするために定められた場所の名称で識別されるのである。「ザンチャ」もその1つだ。
ある時、複数の支部が1つに再編された際、ザンチャに2人が割り当てられてしまった。混乱した2人は訓練通りに、支部の指導役である司祭達に相談を願い出た。司祭達は2人ともザンチャの場所に着いてはいないと判断した。新しい別の場所を認識するように命じ、さもなければ鞭打ち刑を科すと告げた。実はもう1人、3人目のザンチャもいたのだが、混乱に巻き込まれることを嫌って、自分の場所をホズクリン(Hoz’krin)だと考えることにした。
しかし、ザンチャ2人はたとえ鞭打ちで罰せられても、場所の名前を譲ることは容認できなかった。そこで2人は共謀し、一方は左側頭部の髪の毛をそり落とし、もう一方は髪がオレンジ色になるまで酸で脱色して、反抗の意思を示した。
イモリの外見の変更は世話係司祭(tender-priests)の役目であり、計画に従って実行されるものであるため、勝手に姿を変えることなどファイレクシアの禁忌を侵す行為であった。2人の変貌した姿に、同じ支部のイモリや教育係司祭(teacher-priests)は恐れ慄いた。すると、光と共にデーモンが出現した。
デーモンは「ギックス」と名乗り、片方のザンチャに手を伸ばすと鉤爪であっさりと殺してしまった。残った方にお前がザンチャだと告げ、魔法的手段で思考に侵入して観察し、ザンチャの心に恐怖と畏敬を刻み込んだと確信すると去って行った。
ギックスの来訪は、司祭らとは比べ物にならない存在感と恐怖をファイレクシアン達に刻み込んでいった。
小説Planeswalkerの結論
以上までの場面が、英雄譚カード「ギックスの残虐(The Cruelty of Gix)」として再話されたエピソードであると思われる。
ギックス、処罰されたザンチャ、恐れ慄くファイレクシアン達。イラストの諸要素は揃っている。
法務官ギックスは禁忌を侵した者に対して、死と暴力による残虐行為で裁きを下す恐怖の化身として、絶対的な支配体制を築き上げていたのだ。これが「ギックスの残虐」である。
小説Planeswalkerの余談
前の節で紹介した場面に関する余談。ザンチャ側から見た描写を紹介しておこう。ザンチャというキャラクターにとって重大な出来事だったのだから。
ギックスの出会いでザンチャにははっきりとした自我が生まれた。デーモンに「ギックス」と名乗られた時、それが個人を意味する「本物の名前」だと認識すると、「ザンチャ」とは場所ではなく「自分自身の名前」だと自覚できたのだ。
そして、1つの支部に2人のザンチャが存在できたのだから、心の中に2つのザンチャが居ることも可能だ。そう考えることで、ギックスの精神干渉に対して、恐怖しながらも心の中に2つのザンチャを作り上げて欺き、辛うじて本当の自分を隠し通すことに成功したのだ。
ザンチャはこうして禁忌を侵し、本心を隠しながらファイレクシア世界で生き抜いていくことになった。プレインズウォーカーのウルザと出会ってファイレクシア社会の束縛から解放されるのは、まだ遠い未来であった……。
次はカードのメカニズムに目を向けることとなる。こちらは別の読み方をしなければならなそうだ。
ギックスの残虐のカード・メカニズム
今度はギックスの残虐のカードのメカニズム面から解釈を行う。
カードの効果は「第1章:手札破壊」、「第2章:悪魔の教示者」、「第3章:リアニメイト」と黒の効果を詰め込んだだけのようにも見える。少なくとも前節において、イラストから導き出した小説エピソードには3つ全部がうまく当て嵌まってくれないものだ。
だが、メカニズムの方も小説Planeswalkerの描写から説明付けられるのだ。ただし、前節とは同じエピソードではなく、切り口を変える必要がある。
まず第1章は、対戦相手の手札を見てクリーチャーかプレインズウォーカーのカードを1枚捨てさせる機能だ。手札とは、思考や将来の計画と捉えることができる。ならばこれは、小説Planeswalkerにおいて第一世代型潜伏工作員が欠陥があると判明して、将来計画が放棄された流れだとの解釈も成り立つ。捨てたクリーチャー・カードは育成途中や今後予定していた第一世代を意味する。
続いて第2章は、ライフを失いつつライブラリーから好きなカード1枚を手札に加える機能、いわゆる悪魔の教示者系のメカニズムだ。こちらは、第一世代の失敗を見直して最も必要な解決策を探し出した、と解釈するのだ。計画は改良型の第二世代の実行へと移る。
最後の第3章は、好きな墓地からクリーチャー・カード1枚を選んで戦場に出せるリアニメイト機能である。これまでを受けて、破棄した第一世代を元に第二世代が完成した、との解釈となる。小説Planeswalkerを皮切りに複数の小説において、ファイレクシアンは不要となった肉などの有機物を次世代の材料としたり、生体部品として活用したりするものと描かれていた。失敗した者をバラバラに分解して生誕槽で培養して新たなファイレクシアンが誕生する、などといった具合だ。ならば、第一世代の死体が材料になったというのは自然な想像であろう。
こうして解釈し直すと、イラストはギックスがザンチャを放り投げるのではなく、より抽象的な意味合いで解釈できるものと映ってくる。総責任者のギックスは失敗した第一世代型潜伏工作員の計画を投げ捨た。しくじった部下たちはすくみ上りつつ、見直して改善した第二世代計画に移行したのだ。
ギックスの残虐の結論
ギックスの残虐(The Cruelty of Gix)はイラストとカード・メカニズムの両面から、異なる角度によるストーリー解釈ができる英雄譚カードであった。
イラスト側から読み解けば、小説Planeswalkerでの法務官ギックスによる潜伏工作員ザンチャに対する処罰シーンが当て嵌められる、と分かった。
カードのメカニズム側からでも、小説Planeswalkerの描写に合致して読解ができた。ギックスの侵略計画は、潜伏工作員の第一世代が失敗して破棄され、改善した第二世代計画へと移行したのである。
これにて読解終了である。では、今回はここまで。
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