統率者レジェンズ:ハンス・エリクソン

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「ああ!ハンス、逃げて!ルアゴイフよ!」
–サッフィー・エリクスドッターの最期の言葉

カードセット「統率者レジェンズ」で、MTG史上最も有名なフレイバー・テキストのキャラクターがカード化されることになった。

その人物が「ハンス・エリクソン(Hans Eriksson)」である。

本記事では、ハンス・エリクソンとその姉妹のサッフィー・エリクスドッター、怪物ルアゴイフ、そして有名フレイバー・テキスト「ああ!ハンス、逃げて!ルアゴイフよ!」の四方山をやや雑多にまとめて語りたい。

カード紹介:歴代の「最期の言葉」
マジック・ザ・ギャザリング(MTG)の歴代フレイバー・テキストで語られる「最期の言葉」について調べ、一覧化した。もっとも有名なルアゴイフを初めとして、最古のカードからモダン・ホライゾンまで網羅した。

ハンス・エリクソンの解説

“Nothing could ruin such a fine day, Saffi.”
「こんなに素敵な日が台無しになるはずはないよ、サッフィー。」
引用:ハンス・エリクソン(Hans Eriksson)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版

ハンス・エリクソン(Hans Eriksson)

公式カードギャラリーより引用

ハンス・エリクソン(Hans Eriksson)はMTG史上で最も有名なフレイバー・テキストの1つに挙げられる「ああ!ハンス、逃げて!ルアゴイフよ!」を出典元1とするキャラクターである。

ハンス・エリクソンはドミナリア次元の氷河期末期、テリシア大陸北東部に暮らす蛮族バルデュヴィア族の人間男性である。ハンスには、姉または妹のサッフィー・エリクスドッター(Saffi Eriksdotter)がいる。登場短編を考慮すると、ハンスとサッフィーはAR2930年頃の人物だ。

ルアゴイフ(Lhurgoyf)

再録版イラストのルアゴイフ(Lhurgoyf)
データベースGathererより引用

ストーリーでは、ハンスとサッフィーは怪物ルアゴイフ(Lhurgoyf)に襲われる。その際、サッフィーがハンスに逃げるように警告を発した。彼女の最期の言葉「ああ!ハンス、逃げて!ルアゴイフよ!」であった。

この2人とルアゴイフの物語は、後にそれを題材とした短編まで執筆されている。それが短編集The Monsters of Magic収録の作品Ach! Hans, Run!である。フレイバー・テキストのサッフィーの台詞がそのまま作品タイトルになった。



ハンス・エリクソンのメカニズム

ハンス・エリクソンのカードとしてのメカニズムを見る。

ハンスは攻撃に参加すると、ライブラリーの一番上をめくってクリーチャーならそのまま戦場に攻撃している状態で出す(クリーチャーでなければ手札に加える)。お得な能力であるが、そのクリーチャーは戦場に出たときにハンスと格闘を行うというデメリットが持たされている。

つまり、いきなり現れた怪物ルアゴイフに襲われるハンスというストーリーの状況を反映させたメカニズムとなっている。警告してくれるサッフィーがいないのでハンスは怪物と戦うしかない……しかし、実はサッフィーの方はハンスよりも前にカード化がなされていた。

サッフィー・エリクスドッター

In the blink of an eye, she strode from deep snow to dusty waste. From the crease of light behind her, a voice rang hollow: “Saffi, wait for me ….”
ひと瞬きの間に、彼女は深い雪の中から埃立つ荒野へと歩み出ていた。彼女の後の光の襞の中から、空ろな声が響いてきていた。「サッフィー、待ってくれ……。」
引用:サッフィー・エリクスドッター(Saffi Eriksdotter)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版

サッフィー・エリクスドッター(Saffi Eriksdotter)

サッフィー・エリクスドッター(Saffi Eriksdotter)
データベースGathererより引用

ハンスの姉妹のサッフィー・エリクスドッター(Saffi Eriksdotter)はカードセット「時のらせん」ですでにカード化されている。

カードセット「時のらせん」では、時の裂け目から過去が現れる現象が発生した裂け目時代(AR4306-4500年)を舞台にしている。このフレイバー・テキストを見るに、カードのサッフィーは正史とは違いルアゴイフに襲われた時に氷河期から裂け目時代に転移してしまったようだ。2

このカードの能力は、自分自身を生け贄に捧げることで対象のクリーチャーがそのターンに死亡したら戦場へと戻すものである。つまり、サッフィーが自分の命と引き換えにハンスを助けた、というストーリーを忠実に再現した能力だ。

ハンス・エリクソンと同じデッキに入れれば、ハンスの能力解決前にサッフィーを生け贄に捧げることで家族を守る原作再現も可能だ。ついでに色の合うルアゴイフも採用できる。…ただ、一緒のデッキに入れるとライブラリーからサッフィーが出てきてハンスに襲い掛かることもあるかもしれないが。

ちなみにサッフィーが能力を起動すると生け贄=死亡してしまう挙動は、短編Ach! Hans, Run!とちゃんと合致している。短編ではハンスに警告を与えたサッフィーはルアゴイフに食べられてしまうのだ…。

ハンス・エリクソンのイラスト

ハンス・エリクソン(Hans Eriksson)

公式カードギャラリーより引用

カードが発表されてから、何とも憎めない姿のハンスのイラストは好意的に受け止められているように感じる。

うっとりと花の香りをかいで満足そうな表情を見せ、小太りで厚みのある樽のような胴に、太く短い指の熊のようなもっさりした印象の男。呑気に赤い花を愛でているハンスの背後では、必死の形相のサッフィーがルアゴイフ襲来の警告を叫んでいる。ギャップがまた面白い。味わい深い完成された1枚だ。

イラスト担当者のコメント

イラストを担当したライアン・パンコースト(Ryan Pancoast)はハンス・エリクソンのイラストに関して一連のツイートを投稿している(出典リンク)。

パンコーストによると、アートディレクターはアンドリュー・ヴァラス(Andrew Vallas)である。この絵には「ああ!ハンス、逃げて!ルアゴイフよ!」と叫ぶサッフィーもきちんと描き入れた。絵を描いているうちにハンスの衣装に花のテーマを持ち込むアイデアを思いついたため、花のペンダントと花の柄頭を身に着けさせた。ハンスの細工の施された赤い革製の腕甲(vambrace)はサッフィーの脚絆(leggings)とお揃いで仕上げた。との旨を語っている。

ハンス・エリクソンのイラストの比較検証

パンコーストの証言をもとに、本サイトでサッフィーとハンスのイラストを比較検証する画像を作ってみた。特に赤線で囲った部分に注目していただきたい。たしかに証言通りに背後には警告するサッフィーがいるし、花モチーフと2人お揃いの腕甲と脚絆が確認できる。

パンコーストはハンス・エリクソンのイラストを描いた過程の動画もツイートしている(リンク)。動画最後を見ると、その時点ではまだペンダントや柄頭の花モチーフがない状態だったことが分かる。

ハンス・エリクソンの体格問題

以上のように、ハンス・エリクソンのイラストは担当者が細部の意匠までこだわった作品である。世間の反応もよい感触だ。

ところが、このハンスの体形がおかしいんじゃないか?という声も(日本のMTGユーザーから)上がっている。日本のMTG wikiの記述と違うというのが理由だ。以下に該当部分を抜粋した。

身長はなんとか6フィート(約1.8m)、体重はわずか11ストーン(約70kg)しかなく、狩猟に参加するにはまだ早いとされ、冬場は集落の見張り番として働いていた。
引用元:MTG wikiの記事ハンス/Hans(リンク

ハンスの「身長はなんとか6フィート(約1.8m)、体重はわずか11ストーン(約70kg)しかなく」となっている。それに比べイラストのハンスは明らかに太り過ぎている。

MTG wikiの記述は間違いなのか?答えは「否」。身長と体重の記述は短編Ach! Hans, Run!が出典元、つまり公式ソースのものだ。だから、記述は正しいのである。3

この食い違いは……今回のアートディレクションはちょっと最近の傾向とは異なるアプローチを選んだと見える。最近の傾向では、過去キャラのカード化では小説やコミックなどの描写にかなり忠実に従ってイラストが描かれている(例えば、小説に忠実なケリク(K’rrik)しかり、コミックに忠実なテヴェシュ・ザット(Tevesh Szat)しかり)。

アートディレクターのアンドリュー・ヴァラスとイラスト担当のライアン・パンコーストはあえて作品の描写に捕らわれることなく、元となったフレイバー・テキストそのものに立ち返って掘り下げて創作したではなかろうか。創作姿勢としてはありだ。それに、一般認知度の低い短編の描写なんて普通のユーザーは知らないので、この太っちょハンスはすんなりと受け入れられるだろう。この程度はよくある設定改変のなのだし。

…………。

ヴォーソスとしての私個人の意見を言わせてもらうと、過去作品との齟齬を生み出すようなイラストは絶対に勘弁してもらいたい。だが、このハンス・エリクソンのイラストは反則的にすごくいい雰囲気で完成されてしまってる。これはこれで新しいハンス像として認めざるを得ないと降参している。このハンスはずるいよ。

“Ach! Hans, Run!”
データベースGathererより引用

ジョークセット「アンヒンジド」収録のカード「“Ach! Hans, Run!”」のイラスト上で逃げ出している男性は、短編作品のハンス・エリクソンの描写により近いものである。



おまけ:ルアゴイフと生息域

“Ach! Hans, run! It’s the lhurgoyf!”
–Saffi Eriksdotter, last words
「ああ!ハンス、逃げて!ルアゴイフよ!」
–サッフィー・エリクスドッターの最期の言葉
引用:ルアゴイフ(Lhurgoyf)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版

ルアゴイフ(Lhurgoyf)

ルアゴイフ(Lhurgoyf)
データベースGathererより引用

ルアゴイフ(Lhurgoyf)は全ての発端になったカードである。カードセット「アイスエイジ」に収録されたルアゴイフのフレイバー・テキストはユーザーたちに大好評となった。題材に据えた短編が書かれた他、サッフィーとハンスもカード化されたほどである。また、このカードはルアゴイフと言うMTG独特の生き物の最初の1枚でもある。

ルアゴイフとは…
ルアゴイフはドミナリア次元の北極「北方大陸(Northland)」に生息するクリーチャーで、その地にはルアゴイフの居住地帯が存在している。ドミナリア中が寒冷化した氷河期の間、海が凍って地続きとなった北方大陸からテリシア大陸へと南下してきた。そうしてバルデュヴィアに移住したルアゴイフの1体がハンスとサッフィーの集落を襲ったのだ。

ルアゴイフの移住(現代ドミナリア地図)

氷河期より後の時代のテリシア地方ではルアゴイフの存在は確認されていないが、AR4305年頃のオタリア大陸にはルアゴイフの仲間が複数種類も生息していた。オタリアの種は氷河期中に渡ってきた末裔であろう。

カードセット「ゼンディカーの夜明け」現在、ルアゴイフおよび同種の仲間の存在が確認されているのはドミナリア次元のみである。

おまけ:エリクソンとエリクスドッター

ハンス・エリクソンとサッフィー・エリクスドッターは兄弟姉妹であるのに、姓が異なっている。これには理由が設定されている。

ハンスの「エリクソン」は「エリクの息子」、サッフィーの「エリクスドッター」は「エリクの娘」という意味である。同じ親のエリクから生まれた子供でも性別によって姓が違ってくる。これは現実世界の北欧風の名前の付け方なのだが、ドミナリア次元では北極の北方大陸に住む人々が北欧風の命名方式と名前を持つと設定されている。

氷河期になると、北方大陸から北欧風の名前を持つ人々がテリシアに南下し移住した(上述のルアゴイフの移住と同じ)。その結果、ハンスやサッフィーのような「…ソン」「…ドッター」といった名前がその時代のテリシアではよく見られるものとなったのだ。バルデュヴィアだけでなく、当時のテリシアのキイェルドーやフィンドホーンにも同じ命名法のキャラクターが見つけられる。

しかし、後の時代に生まれたテリシア人の名前をカードや小説作品などで調べてみると、北方大陸風の命名は廃れてしまったようだ。ただし、名前ありキャラクターというのは存外に多くはなかったので、AR4560年現在に北欧風の命名習慣が残っている地域があってもおかしくはない。

おまけ:もう1人のハンス

“Not again.”
–Hans
えっ、またか。
–ハンス
引用:黄泉からの帰還者(Revenant)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版

黄泉からの帰還者(Revenant)

黄泉からの帰還者(Revenant)
データベースGathererより引用

黄泉からの帰還者(Revenant)はカードセット「ストロングホールド」収録のクリーチャー・カードである。カードのメカニズムはルアゴイフ(Lhurgoyf)の同系で、明らかに意識したデザインだ。ルアゴイフの同系デザインであるからか、フレイバー・テキストにも「ハンス(Hans)」が登場している。

このカードはAR4205年のラース次元に属しているので、氷河期末期のハンスが数千年後に再登場したのか?一体どういうわけか?と当時に話題に上ったことがある。この疑問に対してコンティニュイティ部門のピート・ヴェンタース(Pete Venters)は公式回答を行った記録が残っている。

Duelist誌27号掲載の記事Dominian FAQによると、「(訳注:黄泉からの帰還者の)フレイバー・テキストの『ハンス』は古いプレイヤーへの単なる挨拶のようなものだ。同一人物ではないし、ただ死より目覚めたくない人物だ。」との旨の回答をしている。

ということで、このカードのハンスはハンス・エリクソンとは全くの別人であることが確定し、ハンス自身が「死より目覚めたくない人物」つまり「黄泉からの帰還者」自身であることも判明した。ストロングホールド制作チームの軽いお遊びだったのだ。

2020年11月10日追記
マーク・ローズウォーター(Mark Rosewater)公式記事Quite Some Characters公式翻訳版)で、このカードのデザインおよびフレイバー・テキストは自分が担当したものだと語った。ローズウォーターはジョークを込めて、ルアゴイフから逃げ延びたハンスがまた同じような別のクリーチャーに襲われたという状況であり、ハンスはちょくちょくこうやって襲われている、と発想した。ドミナリアのハンスがどうやってラースに移動したかなどローズウォーター本人も全く考えていない、ただのジョークであった。

だが、ただのジョークに過ぎなかったために、時系列や物語、人物などの連続性を保つ部門に就いていたピート・ヴェンタースは、ハンスは別人であると公式回答をしたのだ。ローズウォーターが放ったきりのネタに真面目な設定上の回答を拵える…いわば尻ぬぐいをしたわけだ。

黄泉からの帰還者(Revenant)

新イラストバージョンの黄泉からの帰還者(Revenant)
公式カードギャラリーより引用

カードセット「統率者レジェンズ」では新版イラストでこのカードが再録されている。フレイバー・テキストは据え置きだが、再録したジョークである。「このハンスが誰か?」…などとストーリーや設定の連続性を気にしても仕方がないものだ。追記ここまで。

四方山話のネタも尽きたところで、今回はここまで。

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統率者レジェンズ
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  1. 「アイスエイジ」収録のルアゴイフ(Lhurgoyf)のフレイバー・テキスト
  2. ちなみに裂け目時代に発生した過去からの来訪者たちの出現は歴史に影響を与えたか否か、正史の本人だったのか別の可能性の世界から来たのか、裂け目が修復された後に元の時代に戻ったのか居残ったのか、これらについてはウィザーズ公式は何も語っていない
  3. ちなみにこのMTG wikiのハンスの記事は私が13-4年くらい前に作成したもの。この記述が元で混乱が出ていたので、記事を書いた人間のある意味責任として、ここで今回取り上げて解説しなければと思った次第