ストリクスヘイヴン:ストーリー「束縛の鎖」を読む(第3回)

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カードセット「ストリクスヘイヴン:魔法学院」の掌編作品「束縛の鎖(原題:The Chains That Bind)」を読んだ感想や註釈、考察、翻訳の誤りの指摘などを行う。

第2回目に続くストーリーでは、ダイナは居残り沼に移動する。彼女の秘密計画が明かされ、魔道生徒のキリアンと遭遇する。2人は予期せぬ事故で怪物を生み出してしまうが、力を合わせて退治するのだ。

第3回目の本記事では、「難あり和訳」がある部分を順番にピックアップして内容の読み解きをやっていくことにする。

「束縛の鎖」を順番に読む

Art by: Randy Vargas

Art by: Randy Vargas
公式記事The Chains That Bindより引用

ウィザーブルーム大学の講堂を離れ、次は居残り沼(Detention Bog)に場面は転換する。

そしてダイナの目的が明かされ、キリアンと出会うことになる。

※ ここから先は作品のネタばらしになる記述も含まれている。まだ「束縛の鎖」が未読の場合は、先に読んでおいてほしい。下のリンクから作品にアクセスできる。



ストーリー要約

前回まではダイナがウィザーブルーム大学の講堂を離れた場面まで扱った。掌編「束縛の鎖」(原文公式訳のストーリーの続きは、概要を説明するとこんな感じになる。

ダイナは夜の居残り沼にやって来た。この1ヶ月、沼の奥に生えたアセナスの樹の空洞に秘密の工房を設け、誰にも知られないように計画を進めていた。

居残り沼はその名の通り、魔道生徒を罰して自己を見つめ直させる居残りの場所なので、沼地の内側からも外側からも占術による接触ができないように魔法を付与されている。ダイナが秘密計画を実行するにはうってつけであった。

大図書館棟(The Biblioplex)

大図書館棟(The Biblioplex)
データベースGathererより引用

ダイナは大図書館棟(The Biblioplex)である呪文書を見つけ出していた。死者の蘇生が書かれており、これに成功すれば全滅した故郷の木立と姉妹のドライアドたちを元通りにできると考えたのだ。

墨の決闘者、キリアン(Killian, Ink Duelist)

墨の決闘者、キリアン(Killian, Ink Duelist)
データベースGathererより引用

今日ようやく全ての材料が揃って、ダイナが蘇生魔法をかけ始めたとき、居残り沼で罰を受けていた魔道生徒キリアン(Killian)と偶然出くわしてしまう。

そこで事故が起こった。ダイナの蘇生魔法はキリアンのインク魔法と交じり合って、悪臭放つ腐葉土の塊のような怪物を生み出してしまった。不測の事態にダイナとキリアンは2人だけで怪物に対処しようと力を合わせ、なんとか怪物を撃退できたのだった。

…と、こんな感じだ。怪物を退治した後の顛末が語られて掌編はおしまいになるが、取りあえずここまでで切る。
次節から、このストーリー範囲内での「難あり和訳」を指摘し内容を読み取ることにする。

「束縛の鎖」を順番に読む

第2回でスルーした文章も含めて、和訳に難ありなところをピックアップしていこう。なるべく「難あり和訳」を拾ったつもりだが、おそらく取りこぼした箇所がまだまだ残っていると思われる。

※ 解説や指摘の文章量が多いなと感じたので、いくつかは折り畳み表示にしている。展開してご覧いただきたい。

その1:プリズマリのパーティーと故郷の織物

爆発的歓迎(Explosive Welcome)

プリズマリ大学の催しの派手さを描いた
爆発的歓迎(Explosive Welcome)
データベースGathererより引用

ダイナはリセッテ学部長からプリズマリ大学のパーティーに参加しては?と誘われるが断って居残り沼に向かう。だが他のドライアドたちにとってパーティーはダイナと違って待ちに待った絶好の機会である…という話の場面から気になる和訳をピックアップした。

アルケヴィオス次元のドライアドは着衣の習慣がないが、郷に入っては郷に従え、ストリクスヘイヴンでは周りに合わせて衣服を着ている。プリズマリ大学のパーティーのように流行に触れる機会を得ると、在学するドライアドたちは着飾って出掛けて行く。こういう時のドライアドは際立って目立っており、実は着飾ることが大好きなのだ。

さて、この流れの中で最後の文章の内容が原文と違っている。

公式和訳

折り畳み中(クリックして展開)

自分たちが生まれた木立や谷で産する珍しい織物で着飾り、跳ね回るドライアドの姿は見慣れたものとなっていた。
引用:公式和訳版掌編「束縛の鎖」

ここは2か所が不可解だ。「自分たちが生まれた木立や谷で産する珍しい織物」と「跳ね回る」のところ。

英語原文

折り畳み中(クリックして展開)

It was customary to see dryads traipsing and prancing about, adorned with exotic textiles paying tribute to the groves and dales where they were born.
引用:掌編The Chains That Bind

まずは「自分たちが生まれた木立や谷で産する珍しい織物」の方から

「産する」だと「そこで産出された・取れた・作り出された」との意味で、ドライアドの故郷である木立や谷の生産物を指してしまう。しかし、原文では「exotic textiles paying tribute to the groves and dales」だから、「木立や谷に敬意を払った異国情緒のある織物」という意味合いだ。したがって、故郷で作られた織物ではないし、別に故郷でとれた材料が使われている必要すらないのである。

次に「跳ね回る」の方だが原文は「traipsing and prancing about」である。

「traipse」は「だらだら歩く・ぶらぶら歩く・散策する」くらいで、「prance」は「意気揚々と歩く・跳ね回る」くらいの意味合いだ。つまり公式和訳版の「跳ね回る」は片方の意味しか汲み取っていないのだ。

それに加え、この場合の「prance」だが「跳ね回る」ではないと思われる。人の動作としては「跳ね回る」の他にも「意気揚々と歩く」の意味があるが、こっちの方は「見せびらかすかのように堂々と」あるいは「気取ったように」、そんな歩き方を表現する時にも使う。この場面ではドライアドたちはめいめい着飾って、大好きなパーティーに乗り出すところなのだ。はしゃいでぴょんぴょん跳ね回るよりも、私のファッションを見てと気取って歩く方が状況に合う。

訳し直してみた

折り畳み中(クリックして展開)

ドライアドが故郷の木立や谷に敬意を払った異国情緒のある織物で着飾り、気取った様子で散策する姿は見慣れたものとなっていた。

ここで誤解釈する一番の問題点は世界観の解釈を歪めていく火種となることだ。

説明すると、掌編中でドライアドは故郷では着衣の習慣が無いと語られている。なのに「自分たちが生まれた木立や谷で産する珍しい織物」が存在することになれば、ドライアド自身が着ることのない織物が作られている話になり、不自然さが出てくる。ならば納得がいく理由があるはずだから、ドライアドは他種族と交易するために織物を産出している可能性があるのか、とつじつま合わせで繋がっていってしまう。

こうして原作者が意図していない方向に誤誘導されるのだ。

でも本当は、故郷のイメージカラーは黄色だからそれに合わせたコーディネートにしたとか、故郷で咲く花の模様がデザインされたドレスを選んだとか、そういう話だったのだ。

あくまで翻訳は意味を変えてはいけないのだ。

(だが、二次創作ならば面白い切り口になるなぁとは思った。衣服の概念をいまいち理解できていない田舎の仲間が、大学で頑張っているドライアドのために、故郷の素材を活かした織物を贈ってくれた……みたいな。何ならそういう話は読みたい。)

その2:明かりの魔法

「和訳に難あり」2つ目は訳ブレだ。

原文と公式和訳を並べてみよう。

Dina cast a simple ghostlight spell, illuminating the spell reagents arranged in a circle around her.
ダイナは簡単な明かりの魔法を唱え、すると周囲に丸く配置された試薬が照らし出しされた。
引用:掌編The Chains That Bind(上)、公式和訳版掌編「束縛の鎖」(下)

気になるポイントは「簡単な明かりの魔法」のところ。

この掌編中では、ダイナは何度も「霊光(ghostlight)」という明かりの魔法を唱えている。この照明呪文の名前と、それが簡単な魔法だというさりげない説明になっている。

ここが初登場シーンになるのだが、公式和訳版では「霊光」ではなく単に「明かり」と和訳している。



その3:ダイナは最後のページを開いた

She opened the book to its final page.
ダイナは最後のページを開いた。
引用:掌編The Chains That Bind(上)、公式和訳版掌編「束縛の鎖」(下)

この文だが、なぜか和訳の挿入位置がずれている。原文より2段落も前にこの文章が出てくるのだ。

おそらく編集作業中のミスだろう。そのせいで公式和訳版は最後のページが何倍もの内容に増えてしまっている。

その4:大図書棟と呪文書

大図書館棟(The Biblioplex)

大図書館棟(The Biblioplex)
データベースGathererより引用

ダイナは死者蘇生の呪文書を大図書館棟(The Biblioplex)で入手していた。その出会いは運命的だが、ただの偶然であったのだろうか?

呪文書には大図書棟の図書機能と、本との出会いの摩訶不思議さが書き記されていたが…。

という件の段落があるが、公式和訳は最後の文章の内容がおかしいのである。

公式和訳

折り畳み中(クリックして展開)

にもかかわらずほとんどの出資者は、たった一冊の稀少な呪文書が、彼らを追い詰めると考えている
引用:公式和訳版掌編「束縛の鎖」

ここの和訳は「大図書棟の出資者のほとんどはたった1冊の呪文書によって追い詰められる(破滅する?)可能性があるとみなしている」といった内容に読み取れる。だが、原文の内容とはぜんぜん違っている。

まず同じ段落の流れを掴むとこの和訳文の異質さが浮かび上がる。この段落では「大図書棟は多元宇宙一の蔵書量を誇る」、「膨大なのに図書館は正常に機能している」、「学院の創始ドラゴンやアルケヴィオス次元の神託者なら図書機能の秘密を知っているだろうか」と書かれてきて、それらを内容を受けての文章が抜粋文になる。

つまり、図書機能の話をしていたのに、いきなり出資者が呪文書の扱いで破滅を恐れるなんて話が出てくるのは、段落の流れとして不自然なのだ。

英語原文

折り畳み中(クリックして展開)

Nevertheless, most patrons understood that a sought-after grimoire was more likely to hunt them down than the other way around.
引用:掌編The Chains That Bind

原文を見ると、主語は「patrons」である。公式和訳ではこれを「出資者」と解釈しているが、それよりも「常連の利用者」の方が意味として適切だ。

すると「to hunt them down」は「出資者を追い詰める」ではなく、「常連の利用者を狩り立てるように(本の方から)やって来る」という文章となる。

これなら自然な意味が通る。

訳し直してみた

折り畳み中(クリックして展開)

それにもかかわらず、ほとんどの常連利用者は、追い求める呪文書は逆に向こうから迫り来るものだ、と理解していた。

こんなふうに訳せる。

大図書棟の図書機能がどう働いてるか知る者はほぼいないが、常連なら探している本の方からやって来ることを分かっている、ってことだ。すぐ次の段落で、ダイナがまさに求めていた内容の呪文書を偶然にも見つけ出すくだりが出てくる。本の方から読んでくれと手招きされたように感じた、ともある。だから、この解釈で間違いはない。

実はこの文章は掌編「束縛の鎖」の最後の場面に繋がっているのだ。

オニキス教授(Professor Onyx)

オニキス教授(Professor Onyx)
データベースGathererより引用

呪文書の元の持ち主はリリアナである。リリアナはかつて大図書棟に残した呪文書を探していたのだが見つけ出せなかった。ところが、ダイナが必要としなくなったら、次に必要としていたリリアナのところに(リセッテ学部長の手を経由して)戻って来たのだ。これは「追い求める呪文書は逆に向こうから迫り来るもの」と過去にリリアナが呪文書に書き記した、まさにその通りの現象である。

ストリクスヘイヴンでの本との出会いはこのように不思議な巡り合わせで起こるのだ。

こうして作品を通してきちんと繋がっており、よくできているなと感心する。だからこそ、公式和訳は解釈を間違っているために、日本の読者はこの繋がりに気付く機会を奪われているのが残念である。



次回に続く

さて今回は「難あり和訳」を順番に4つ取り上げてみた。これはまだ一部分である。1回の記事に全部載せるには正直長すぎたので残りは次に回すことにした。

第4回目はキリアン登場以降から「難あり和訳」をピックアップして読み解き続けていきたい。では今回はここまで。

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