ストリクスヘイヴン:ストーリー「束縛の鎖」を読む(第1回)

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今回から数回分けてカードセット「ストリクスヘイヴン:魔法学院」の掌編作品「束縛の鎖(原題:The Chains That Bind)」を読んだ感想や註釈、考察、翻訳の誤りの指摘などを行う。

初めにこの記事を書いて見たところ、文章が長くなりすぎてしまった。掌編全般にわたって取り上げたい部分がそこかしこにあったため、あれもこれもと書いていたら、誰も読まないような冗長な記事ができ上っていた。そんな訳で分割して連載にすることにした。

第1回目は掌編の冒頭のシーンだ。

主人公ダイナ

Dina, Soul Steeper | Art by: Chris Rahn

Dina, Soul Steeper | Art by: Chris Rahn
公式記事The Chains That Bindより引用

最初にまず「束縛の鎖」の主人公ダイナ(Dina)を紹介する。

ダイナはアルケヴィオス次元出身のドライアド女性だ。

ストリクスヘイヴンの5大学のうち黒緑を扱うウィザーブルーム大学の魔道生徒2年生である。

ダイナの故郷である木立は鬱枯病(Brittleblight)で壊滅しており、ドライアドの中で彼女だけが生き残った。ダイナは学院内で人付き合いを避け、密かに死んだ仲間たちを蘇らせる手段を研究している。

※ ここから先は作品のネタばらしになる記述も含まれている。まだ「束縛の鎖」が未読の場合は、先に読んでおいてほしい。下のリンクから作品にアクセスできる。



「束縛の鎖」を順番に読む

ダイナの個人指導

暗影の召喚士、ティヴァシュ(Tivash, Gloom Summoner)

ダイナに個人指導を依頼したティヴァシュ教授のカード
データベースGathererより引用

冒頭はダイナの初登場シーン。ダイナはティヴァシュ教授(Professor Tivash)の依頼で、クアンドリクス大学の魔道生徒1年生マラフ(Maraff)の個人指導をしている。マラフは心構えがなってなく、このままでは何か過ちを犯しそうだった。

依頼を受けたダイナはマラフの指導にある方法を選択した。彼女はマラフにある特別なお茶をどんどん飲ませていくが、3杯目を飲ませた後で事態が急変する。

公式和訳

事態急変の場面を公式和訳版から抜粋した。次の通りだ。

それから三分半ほどが経って、マラフは先程の大言壮語が嘘のように這いつくばり、泣きわめいていた。「死んじゃうよ!」
「馬鹿なこと言わないの」 ダイナは素材を漁る彼の隣に立った。「蜘蛛が耳を這ったくらいで死にそうな声を出さないで」そして彼女は少し考えた。「毒じゃなければ、だけど。それ毒蜘蛛?」
「知らないのかよ!」
「大丈夫、たぶん毒はないから。たぶんね……ところで、何を探してるか覚えてる?」
マグウォートとラニー羊歯の根」
「よくできました!」 ダイナはそう言って、マラフが動きやすいように下がった。子供のようにすすり泣いてはいるが、少なくともアターカップの魔法の中和剤を忘れたわけではないようだった。「私は今のうちに、次の授業の予定を決めておくから。来週、同じ時間でいい?」
引用:公式和訳版掌編「束縛の鎖」

この和訳文によると、マラフは「蜘蛛が耳を這った」とか毒があるとかないとかで泣きわめいている。必死に「マグウォートとラニー羊歯の根」を探して、覚えていた「アターカップの魔法の中和剤」を調合しようと必至だ。これらはダイナのお茶が引き起こした事態であった。

どういう状況?

蜘蛛が耳を這っていた。まあ、びっくりはするだろうし、虫の類が嫌いな人なら飛び上がるかもしれない。でも「死んじゃうよ!」と這いつくばって泣きわめくのは大げさすぎやしないか?ダイナが毒蜘蛛かもしれないと脅したとしてもだ。マラフは重度の蜘蛛恐怖症なのか。

それにマラフは「アターカップの魔法の中和剤」を調合しようとしているが、それを使うと何が解決されるのだろうか。そもそもアターカップとはなんなのだろう?

お茶を飲ませていた直前のシーンとのつながりも何だかあいまいでふわっとしている。

何が起こっているのかさっぱり分からない。

英語原文

和訳文を読んだ率直な感想は、そこかしこがおかしくなってるな…だ。原文の内容通りに正しく書かれていないのため、情景がイメージできなくなっている。

では説明のために原文の該当部分抜粋を確認してから説明してみよう。

Approximately three and a half minutes later, Maraff was on the ground showing no signs of his earlier braggadocio. “I’m dying!” he wailed.
“Don’t be silly,” said Dina, standing over him as he scrounged for ingredients. “Spiders coming out your ears is hardly deadly.” She thought about it for a second. “Unless they’re venomous. Are they venomous?”
“Aren’t you supposed to know?!” Maraff squealed.
“I’m fairly sure they’re not,” she said. “Fairly … anyway, you remember what you’re looking for?”
Mugwort and lanny fern root?”
“Very good!” said Dina. She stepped back to allow Maraff some space. Despite his infantile sobbing, she was sure that, at the very least, he wasn’t going to forget the antidote for attercop charm any time soon. “While you’re doing that, I’ll schedule our next session. Next week, same time?”
引用:掌編The Chains That Bind

まず、マラフがどういう状態になって錯乱しているのか?「蜘蛛が耳を這ったくらいで」の辺りが違っている。原文は「Spiders coming out your ears」だからそんな生易しいもんじゃない。「耳から複数の蜘蛛が出てきている」つまり「蜘蛛がわらわらと耳の穴から出てきている」のだ。まったくおぞましい状態だ。死んじゃうよ!と錯乱する気持ちも理解できる。

次にマラフが探している「マグウォート」は原文で「Mugwort」なので「(オウシュウ)ヨモギ」のことだ。ヨモギは日本でも良く生えている草である。このヨモギとラニー羊歯の根があれば、耳穴から這い出る蜘蛛を止められるようだ

最後に「少なくともアターカップの魔法の中和剤を忘れたわけではないようだった」の部分だが、分割して読み解こう。

アターカップの魔法の中和剤」とはなんだろう?「アターカップ氏が発明した魔法の中和剤」なのか、「アターカップの魔法を解除するための中和剤」なのか、それとも…?では原文を確認すると「the antidote for attercop charm」なので、「アターカップ魔法を消すための解毒剤」のことと分かる。ちなみに「アターカップ」すなわち「attercop」とは「蜘蛛」を意味する古い言葉だ。1蜘蛛魔法用の解毒剤」とか。あるいは、「attercop」が古語だから、蜘蛛を意味する古語「ささがに」を当てはめて「ささがに魔法用解毒剤」とかでもいいか。

そして、「(中和剤を)忘れたわけではないようだった」の方が誤訳している。原文が「she was sure that (中略) he wasn’t going to forget the antidote (中略) any time soon」の形なので、「ダイナは、マラフがこの解毒剤のことを当面忘れはしないだろう、と確信した」となる。だからここは、「錯乱状態なので調合法を忘れてしまっていないか心配した」みたいな雰囲気ではなくて、「しっかり頭に調合法を叩き込んだので忘れはしないだろう(=今日のレッスンの成果は出した)」といった含みなのだ。



訳し直してみた

それから三分半ほどが経って、マラフは先程の大言壮語が嘘のように這いつくばり、泣きわめいていた。「死んじゃうよ!」
「馬鹿なこと言わないの」ダイナは材料を漁る彼の隣に立った。「蜘蛛がわらわら耳の穴から出てきたって死にはしないって」そして彼女は少し考えた。「ただし、毒蜘蛛でなければ。毒蜘蛛かな?」
「あんたは知ってるべきでしょ!?」
「大丈夫、たぶん毒はないから。たぶんね……ところで、何を探してるか覚えてる?」
「ヨモギとラニー羊歯の根」
「よくできました!」ダイナはそう言って、マラフが動きやすいように下がった。子供のようにすすり泣いてはいるが、”ささがに魔法”の解毒剤のことを当面忘れはしないだろう、とダイナは確信した。「私は今のうちに、次の授業の予定を決めておくから。来週、同じ時間でいい?」

といった次第で、ダイナは荒療治でマラフに魔法を軽く扱うとひどいに遭うと体感させ、ささがに魔法の解毒剤の調合法を頭に叩きこむことにも成功した。個人指導1回目はこれにて終了である。

魂浸し、ダイナ(Dina, Soul Steeper)

魂浸し、ダイナ(Dina, Soul Steeper)
データベースGathererより引用

ダイナは自身のカードイラストで飲み物の入ったコップを差し出している。掌編「束縛の鎖」冒頭部は、このイラストに直接的に関係する一場面であったのだ。

彼女の差し出している飲み物は、普通のお茶か、魔法の解毒薬か、あるいは、ささがに魔法の罠なのだろうか?

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  1. ちなみにD&Dには同語源の「Ettercap」という蜘蛛系人型種族が存在している。そちらでの和名は「エターキャップ」である