カード紹介:記憶喪失(アムネジア)

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「記憶喪失・健忘症」を意味する「Amnesia」はカードセット「ザ・ダーク」に収録されたソーサリー・カードである。

つい先日、大手MTG販売店のサイトでザ・ダークのカードを振り返る記事があって「Amnesia」も紹介されていた。なんだか懐かしくなったので、この古いカードにまつわるストーリーラインを一度書いておきたいと思ったのだ。

註:「Amnesia」は公式の日本語訳がないカードなので、本記事中では便宜的に「記憶喪失」と表記することとする。

記憶喪失の解説

“When one has witnessed the unspeakable, ‘tis sometimes better to forget.”
–Vervamon the Elder
「口外できぬ事実を目撃してしまったら、忘れた方がいい場合もある。」
–大ヴェルヴァモン
引用:Amnesiaのフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が私家訳

Amnesia

データベースGathererより引用

記憶喪失(Amnesia)カードセット「ザ・ダーク」に収録されたカードで、対象プレイヤーの手札から土地ではない全てのカードを捨てさせるという強力な効果がある。

呪文をかけるためのマナ総量は6マナでそのうち青マナが3点も必要な「重い」カードである半面、その効果は非常に強力だ。青カードなのに手札破壊をしてしまう奇妙さがあるが、MTG黎明期にはこういった「色の役割にそぐわなくても代償を重くすれば何でもやれる」みたいな方向性は少なからずあった。なにもかも模索中だった初期らしいバグみたいな存在だ。

カードのイラストの方を見れば、額から後頭部まで貫通孔が開いた人物が描かれており、どう見ても致命傷である。カード名や効果からみて、イラストは記憶喪失の誇張されたイメージと考えた方がいいだろう。ストーリー作品での描写でも額に物理的な孔を開ける効果はなかった(額の辺りから頭の中の何かが引っ張り出される感覚はあるようだが)。



記憶喪失のストーリー

カードセット「ザ・ダーク」は、ドミナリア暗黒時代AR64年~AR450年頃)のテリシア大陸を(主に)舞台としている。

この記憶喪失もやはり暗黒時代テリシアに関連付けられているカードだ。関係するストーリーラインは「フレイバー・テキストの人物に関するもの」と「記憶喪失が呪文として唱えられた小説」の2つがある。

大ヴェルヴァモン

“When one has witnessed the unspeakable, ‘tis sometimes better to forget.”
–Vervamon the Elder
「口外できぬ事実を目撃してしまったら、忘れた方がいい場合もある。」
–大ヴェルヴァモン

記憶喪失のフレイバー・テキストは大ヴェルヴァモン(Vervamon the Elder)のコメントである。この人物はカードセット「ザ・ダーク」のいくつかのカードに名を見せているが、ストーリー作品では暗黒時代のテリシア西部を描いた小説Dark Legacyに登場している。

ヴェルヴァモンは知識を求めて遠征隊を率い、各地を探索した学者であった。歴史や文化、地理など収集した情報を記録に残している。知識の探求に人生を捧げたヴェルヴァモンではあったが、このカードのフレイバー・テキストでは口外できないならいっそ忘れた方がいいこともあるとも認めている。

メモ:ヴェルヴァモンは「長老」か?
カードセット「基本セット第4版」では、「Vervamon the Elder」は「長老ヴェルヴァモン」と翻訳されている。小説Dark Legacyを読んでみると、ヴェルヴァモンの息子が出てきて、そちらを「the Younger」と呼んでいた。つまり、「Vervamon the Elder」は年上の方のヴェルヴァモンという意味だったのだ。また作品中でどこかの国の長老職に就いているわけでもなかった。
基本セット第4版の日本語版発売は小説Dark Legacyの数ヶ月前である。だから、ストーリー設定情報が和訳に反映できなかったのは仕方のないことだった。

ここで大ヴェルヴァモンに関してもう1枚のカードを紹介しよう。

殉教者の叫び

It is only fitting that one such as I should die in pursuit of knowledge.
–Vervamon the Elder
私のような者には知識を求めて死ぬことこそ相応しい。
–大ヴェルヴァモン
引用:Martyr’s Cryのフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が私家訳

Martyr's Cry

Martyr’s Cry
データベースGathererより引用

カードセット「ザ・ダーク」収録のカード「Martyr’s Cry」(つまり「殉教者の叫び」の意)でもヴェルヴァモンのコメントが引用されている。知識を求めて死ぬことが自分に相応しいと語ってる上に、イラストでは火炙りの人物が描かれている。

ヴォーソスの中には、火炙りになっている人物がヴェルヴァモンだと主張する者もいた。どういうことか、まとめてみると次のような内容だ。

魔女狩りが盛んだった暗黒時代のテリシアという時代背景を鑑みれば、知識を蓄えた賢者ヴェルヴァモンが魔法使い判定を受けて処刑された可能性がある。記憶喪失のカードの人物もヴェルヴァモンだとみなすなら1、決して口にしてはならない情報を得てしまったのだろう。そのせいでヴェルヴァモンは教会によって異端審問を受け、火炙りの刑に処された。…と大体そんな説なのだ。

小説Dark Legacyのエピローグでは、ヴェルヴァモンはまだ存命であり、彼の最期に関する記述も記載されていない。ただし、非公式な説にすぎないとはいえ、「記憶喪失」→「殉教者の叫び」の流れは、学者ヴェルヴァモンらしい最期としてキャラクター解釈に矛盾はないと個人的には感じている。

ヴェルヴァモンに関する言及はここでお終い。次節では記憶喪失の呪文が実際に作中で唱えられた小説を紹介しよう。



小説The Gathering Dark

永遠の大魔道師、ジョダー(Jodah, Archmage Eternal)

永遠の大魔道師、ジョダー(Jodah, Archmage Eternal)
データベースGathererより引用

小説The Gathering Darkはドミナリア暗黒時代のテリシア東部から北部にかけてが舞台となった小説である。主人公ジョダー(Jodah)は後に永遠の大魔道師、ジョダー(Jodah, Archmage Eternal)としてカード化された人気キャラクターだ。この作品中ではまだ15歳の魔術師として未熟な若者である。

この小説The Gathering Darkには記憶喪失の呪文が使われる場面が出てくるのだ。該当部分を抜粋して紹介しよう。

Both the lad and the woman looked up at once. They had the look rabbits get when you surprise them. Then the woman raised one hand and balled it into a fist.
Togath felt something warm and wet spread over the front of his brain. Then the woman pulled her fist toward her, and the wet something seemed to be pulled through the front of his skull. It was as if she had dug a fishhook into his brain, and just… pulled.
It happened very quickly. Togath managed to say “What the …” before slamming into the soft earth.
・・・
“What did you do to him?” said Jodah sharply.
A spell of amnesia,” said the woman in a matter-of-fact manner. “He’ll wake up in an hour with no memory of having seen us. We’ll be gone by then.”
若造も女も一斉に顔を上げた。2人ともまるで脅かされたウサギみたいだ。すると、女は片手を上げて拳を握った。
トガスの脳の前あたりからなんだかぽかぽかしっとりした感覚が広がっていく。そして、女は拳を自分の方に引き寄せ、そのしっとりした何かを頭蓋骨の前面から引っこ抜こうとしてるようだった。女が脳に釣り針を引っかけて釣り上げる…みたいな感じ。
あっという間だった。トガスは「なんだってんだ…」と言いながら、柔らかい地面にくずおれた。
・・・
「彼に何をした?」ジョダーがきつく問うと。
記憶喪失の呪文」女は淡々と語った。「1時間後に目覚めるけど、私たちを見た記憶は残ってない。その時には私たちはいなくなってる。」
引用:小説The Gathering Dark
上が英語原文。下が私家訳

この場面の登場人物は3人いる。「若造」と「女」と「トガス(Togath)」だ。「若造」は小説の主人公ジョダー。そして記憶喪失の呪文をかけた「女」は小説のヒロインであるシーマ(Sima)である。

City of Shadows

魔法使いの隠れ里の1つ、影の都(City of Shadows)
データベースGathererより引用

シーマは青の魔術師であり、テリシア西部のラト=ナム島にある魔術師たちの隠れ里「影の都(City of Shadows)」に属する見えざる者の1人である。また、小説の後日談として、見えざる者の学び舎の長ジョダーの最初の妻となった人物でもある。

引用した件は大雑把に言うと、タル教会に捕らわれたシーマをジョダーが解放しようとしたところ、兵士のトガスに見つかってしまったのでシーマが咄嗟に記憶喪失の呪文を放った、という場面だ。

だが、もう少し詳しく説明すると、事情はやや入り組んでいる。

記憶喪失呪文の詳しい状況説明

ジョダーは当初は魔法使いの師匠ヴォスカ(Voska)と2人で旅をしていたが、タル教会異端審問官に遭遇し、逃げ出す途中でヴォスカとはぐれてしまう。ジョダーはヴォスカの消息を探しており、ヴォスカが審問官に捕縛されアルスール(Alsoor)の街で囚人となったらしいとの噂を聞きつけた。

しかし、ジェド(Ghed)の街は疫病で閉鎖されていて、アルスールには向かえない。そこでジョダーは街から外に出るため、アルスールに進軍するジェド軍の兵士となった。同じ隊の年長の兵士がトガスであった。

フラーグのゴブリン(Goblins of the Flarg)

暗黒時代テリシアではゴブリンの群れが脅威となっていた
フラーグのゴブリン(Goblins of the Flarg)
データベースGathererより引用

ジェドとアルスールによる都市国家間の戦いはゴブリンの大軍による横槍参戦によって、人間都市国家側の敗北で終わった。戦いを辛うじて生き延びたジョダーは囚人護送の部隊に所属することになり、囚人からヴォスカの情報を聞き出そうとしていた。その囚人の1人がシーマだ。

実はシーマはヴォスカを知る魔術師であり、ヴォスカは既にタル教会の弩弓隊によって殺害されてしまったと告げられた。アルスールの街に捕らわれているという噂は、弟子のジョダーら魔術師を誘き寄せるための罠だったのだ。

情報の見返りとしてシーマは解放を要求し、ジョダーはそれに応えて手枷を魔法で破壊した。と、その時、同僚のトガスがジョダーの様子を見に入ってきて、囚人解放の場面を目撃されてしまった。咄嗟にシーマは記憶喪失の呪文でトガスの意識を刈り取った。同僚トガスに何をしたのか問い詰めるジョダーに、記憶喪失の呪文だ、1時間後には目覚めると返答する。果たしてシーマはジョダーを影の都に連れ帰る算段であった。

…とこんな感じだ。

作家ジェフ・グラブ

紹介した記憶喪失の場面は、私が初めて小説The Gathering Darkを読んだときに強烈に印象付けられたシーンだ。なにせいきなり強力カード「記憶喪失」の炸裂!である。この謎の青魔女キャラは一体何者なんだ?となったわけだ。すでに作者ジェフ・グラブ(Jeff Grubb)の術中である。

ジェフ・グラブの作品はいつもカードの使いどころを心得ているな、と感嘆してしまう。またMTGで新作書いてくれないだろうか?

記憶喪失の髪型

Amnesia

データベースGathererより引用

今回記事を書き起こすために、記憶喪失のカード・イラストをまじまじと観察していて気付いたことがある。

この髪型と同じ人物を知っているぞ。暗黒時代テリシアの伝説のキャラクターでそっくりの髪型のキャラがいたのだ。

冒涜する者、トーモッド(Tormod, the Desecrator)

冒涜する者、トーモッド(Tormod, the Desecrator)
データベースGathererより引用

冒涜する者、トーモッド(Tormod, the Desecrator)である。

トーモッドの顔(拡大)

トーモッドは額に飾りのついたサークレットをはめているが…もしかして貫通孔を隠すためじゃないか…!?いやまさかね。

以上で記憶喪失に関する話題が尽きてしまった。では、今回はここまで。

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  1. 作中描写によれば、ヴェルヴァモンは銀髪であり、記憶喪失のイラストと合致はしている