機械蜘蛛の順応(Arachnoid Adaptation)はカードセット「機械兵団の進軍」に収録されたインスタント・カードである。
エルドレイン次元方面担当のファイレクシア侵略軍を描いたカードなのだが、私は公式な和訳が提示する解釈に対して大いに疑問を抱いている。カード名とフレイバー・テキストの翻訳解釈が正しいとは思えないのだ。
本記事では、以上のような視点からこのカードを考察する。
機械蜘蛛の順応の解説
“Deploy the blightwidows. Rankle’s pests should make for a delicious meal.”
–Ayara, Furnace Queen
「荒廃後家蜘蛛を出しなさい。ランクルの害虫は美味な食事に欠かせません。」
–炉の女王、アヤーラ
引用:機械蜘蛛の順応(Arachnoid Adaptation)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版
機械蜘蛛の順応(Arachnoid Adaptation)はカードセット「機械兵団の進軍」に収録されたインスタント・カードである。
AR4562年、新ファイレクシアは数多の次元に対する侵略戦争を仕掛けた。このカードは、エルドレイン次元方面担当のファイレクシア侵略軍を描いたものだ。
機械蜘蛛の順応の考察
記事冒頭で述べたように、私はこのカードの公式和訳に対して大いに疑問を抱いている。
この疑問を説明するために、カードの名称、機能、イラスト、フレイバー・テキストに節を分けて、順番に確認しつつより正しい解釈を考えていきたい。
ただし、ここから先は冗長な解説が続くのであらかじめ注意されたい。
機械蜘蛛の順応のイラストとカード機能
まずは翻訳の如何に影響を受けない部分から見ていこう。カードのイラストと機能の2点だ。
イラストは暗めで細部がハッキリしないところもあるが、真ん中に大きく描かれているものは10本ほどの手足を持つ、異形の蜘蛛系人型ファイレクシアンだとは分かる。そして、画面下部には蜘蛛の巣にかかった青白いフェアリーがいる。
カードの機能の方は、クリーチャー1体にターン終了時まで+2/+2修整と到達を与え、アンタップするというもの。タップ状態の自分のクリーチャーに使って、攻撃してきた飛行クリーチャーをブロックして討ち取る、という使い方を想定してデザインされていることが読み取れる。
つまり、空飛ぶフェアリーは気付かぬうちに蜘蛛の巣に引っかかり、ファイレクシアの手に落ちてやられてしまうのだ。
機械蜘蛛の順応のカード名
次に「機械蜘蛛の順応」と訳されているカード名について。「Arachnoid」を「機械蜘蛛」と解釈していることが不正確だ、と私は判断した。
言葉を分解して解釈すると、「arachno-(蜘蛛)」+「-oid(に似たもの)」なので「蜘蛛に似たもの・蜘蛛系のもの」といった意味だと分かる。
「adaptation」は「適応・順応・適合」だが、適した形に変えるという意味合いで「改造・改作・翻案・編曲」などといった意味も含んでいる。
「Arachnoid Adaptation」は、これがファイレクシアに属するカードであると考慮に入れると、「蜘蛛に似た形態への適合改造」略して「蜘蛛形態への改造」だと解釈できる。
なぜ機械蜘蛛と解釈されているか?
ではなぜこのカードでは「Arachnoid」は「蜘蛛に似たもの」ではなく、「機械蜘蛛」と解釈されているのだろうか?
その答えは過去の翻訳という先例があったからだ。
カードセット「フィフス・ドーン」には、同名の「機械蜘蛛(Arachnoid)」というアーティファクト・クリーチャー・カードが存在していたのだ。
このカードは「蜘蛛のようなもの」という意味合いのカード名であり、その上、生身の生き物でなくアーティファクトの蜘蛛クリーチャーであった。それらを踏まえて、「機械蜘蛛」と解釈して名付けたのであろう。「人間(の男の)ようなもの」という意味の「アンドロイド」が「人型ロボット」を指す、これと同じ発想をしたと推察できる。
このカードは「フィフス・ドーン」収録なので、ミラディン次元に属している。ミラディンは征服されて、新ファイレクシア次元と名前を変えた。ゆえに繋がりが見えそうだから、「機械蜘蛛」という訳語を踏襲しよう、とこんな流れだったんじゃないだろうか。
1回目の意図した味付け翻訳をそのまま引っ張ってきたら、今回は元の言葉から雰囲気が大きくずらされ、うまくハマらなくなってしまったのだ。
機械蜘蛛の順応のフレイバー・テキスト
さて次はフレイバー・テキストを考察しよう。
“Deploy the blightwidows. Rankle’s pests should make for a delicious meal.”
–Ayara, Furnace Queen
「荒廃後家蜘蛛を出しなさい。ランクルの害虫は美味な食事に欠かせません。」
–炉の女王、アヤーラ
話が分かりやすくなるように、ここにフレイバー・テキストを再掲した。
こんな短い文章なのに、説明する要素が多い。各要素ごとに分けて解説しよう。
その1:炉の女王、アヤーラ
フレイバー・テキストの発言者は炉の女王、アヤーラ(Ayara, Furnace Queen)だ。
侵略の第1段階:王国の戦いで敗北し、ファイレクシアンに改造されてしまったロークスワイン城のエルフ女王である。
フレイバー・テキストは、アヤーラ女王から部下のファイレクシアンへの命令である。
その2:荒廃後家蜘蛛
アヤーラ女王は「Deploy the blightwidows.」すなわち「荒廃後家蜘蛛を配備せよ。」と命じている。
荒廃後家蜘蛛はこんなクリーチャーだ。
荒廃後家蜘蛛(Blightwidow)はカードセット「ミラディン包囲戦」のクリーチャー・カードである。当時はただの「蜘蛛」であったが、現在のクリーチャー・タイプは「ファイレクシアン・蜘蛛」となっている。
新ファイレクシアによって完成化された、かつてのミラディンの蜘蛛ということになる。エルドレイン方面の侵略軍は、この蜘蛛を持ち込んでいたのである。
その3:ランクルの害虫
続いて「ランクルの害虫(Rankle’s pests)」という言葉が出てくるが、これは僻境のフェアリー「ランクル(Rankle)」に従う子分のフェアリーたちである。
僻境の戦いでは、新ファイレクシア軍はフェアリーの抵抗に遭っており、侵攻が難航している最中であった。だから、アヤーラ女王は忌々しいフェアリーを「害虫」と呼んでいるのだ。
その4:アヤーラがフェアリーを食べているのではない
そして最後に、アヤーラは「Rankle’s pests should make for a delicious meal.」と言って命令を結んでいる。この文は「ランクルの害虫は美味しい食事になるはずだ。」または「美味しい食事に向いているはずだ。」くらいに読める。
この部分は、和訳製品版では「ランクルの害虫は美味な食事に欠かせません。」と作文されている。この言葉遣いもあいまって、私には「アヤーラ女王がフェアリーを美食に欠かせない食材と見做している」ように読める。
もしそうだとすると、フレイバー・テキスト全体が「美食の食材を捕まえさせるために、アヤーラは荒廃後家蜘蛛を配備させた。」との物語で解釈できようか。更に、アヤーラ女王はファイレクシアンに改造されたことで、フェアリーを美食として食べるようになった、とも深読みできるだろう。
英語原文は「『誰にとっての』美味しい食事」であるかが示されていないので、こう読む可能性を封じてはいない。ただ、私にはこの解釈は無理があると思えてならないのだ。
私の解釈はこうだ。蜘蛛部隊の配備命令に続く流れであることから、「フェアリーは荒廃後家蜘蛛にとって美味しい食事になるはずだ」と読む、言い換えるなら「(蜘蛛たちに)フェアリーを御馳走してやろう」と読むのだ。これならカニバリズムに目覚めたアヤーラ女王よりは自然な解釈ではないだろうか?
ここで参考として、他言語版の翻訳文を私に解る範囲で確かめてみた。すると、ほとんどの翻訳では、誰にとっての美味しい食事であるかが示されない直訳文になっているようだった。しかし、ドイツ語版フレイバー・テキストは、明確に「蜘蛛に美味しい食事を食べさせる」という形になっていた(中国語版もおそらく同じようなのだが、こっちには自信が無い)。
次の節では、ここまでを整理してまとめた結論となる。
機械蜘蛛の順応の結論
これまでの内容を踏まえ、私としてのカード解釈を次のように整理しまとめた。
「荒廃後家蜘蛛を配備せよ。ランクルの害虫どもを御馳走してやろう。」
–炉の女王、アヤーラ
フレイバー・テキストの本サイト独自訳
カード名「Arachnoid Adaptation」は「蜘蛛形態への改造」を意味している。イラストには、蜘蛛系人型ファイレクシアンが描かれ、その巣にはフェアリーがかかっている。
フレイバー・テキストによれば、ファイレクシアンとなった女王アヤーラは、ランクルの害虫すなわち僻境のフェアリーに対処するために荒廃後家蜘蛛の配備を命じた。これはファイレクシアンに完成化した蜘蛛のことだ。アヤーラはフェアリーが蜘蛛にとっての御馳走になるはずだとも考えていた。
ゲーム的な視点で見ると、蜘蛛クリーチャーは到達能力持っており、空を飛ぶフェアリーのゲリラ攻撃に対する有効な対抗手段となる。そして、このカードは「蜘蛛に似た形態への適合改造」を施すことで、蜘蛛同様の到達能力を持たせるインスタントなのだ。+2/+2修整やアンタップの利点もあり、敵の飛行クリーチャーを奇襲的に討ち取ることが期待できる。
以上がこのカードの解釈である。
さいごに
今回は、リミテッド戦で地味な活躍を見せるコンバット・トリック・カードを取り上げて、考察と再解釈を行った。
多くのMTGユーザーには興味が向かない分野だったかもしれないけれど、私個人はやっていて楽しい作業だった。
では、今回はここまで。