今回MTGアリーナで試合前にランダム表示される豆知識の中から、カードセット「アルケミーホライゾン:バルダーズ・ゲート」に関する内容を取り上げる。
MTGアリーナの豆知識がどんなものかは前回取り上げた記事(リンク)を参照のこと。
追記(2022年7月12日):「豆知識その7:ミンスクとブー」の豆知識の和訳文について、突っ込む予定だったの忘れていたのでその分を加筆した。
アルケミーホライゾン:バルダーズ・ゲートの豆知識
カードセット「アルケミーホライゾン:バルダーズ・ゲート」の豆知識は、私が調査したところ10種類の存在を確認できた(おそらくこの10種類で全部だと思うが確証はない)。
豆知識の内訳は、舞台となる世界について1種類、都市バルダーズ・ゲート関連が2種類、ウォーターディープ(大口亭)が1種類、ドラゴン解説が1種類、伝説のクリーチャー関係が5種類だ。
豆知識その1:フォーゴトン・レルムの世界
The world of the Forgotten Realms takes place on a planet called Toril and its moon Selûne, which is always trailed by an asteroid cluster known as The Tears of Selûne.
フォーゴトン・レルムの世界は、惑星「トーリル」と、「セルーネイの涙」と呼ばれる小惑星群をともなう衛星「セルーネイ」を舞台に広がっています。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
カードセット「フォーゴトン・レルム探訪」、「統率者レジェンズ:バルダーズ・ゲートの戦い」、「アルケミーホライゾン:バルダーズ・ゲート」の3つは同じ世界を舞台としている。
フォーゴトン・レルムとして知られるこの世界は「D&D」でもメジャーな次元だ。惑星アビア・トーリル(Abeir-Toril)のフェイルーン(Faerûn)という大陸が主な舞台となる。カードでよく言及されている「バルダーズ・ゲート」や「ウォーターディープ」などの都市は、フェイルーンの西海岸ソード・コーストにある。
豆知識の和訳文章では「衛星」となっている原文は「moon」なので、セルーネイ(Selûne)はトーリルの月の名前だ。同名の月の女神も存在している。「セルーネイの涙」は月セルーネイの周囲に散らばり、一緒に空に昇っては沈む小惑星群のことだ。
ちなみに、「Selûne」の公式な発音ガイドは現時点で2種類確認でき、カタカナに書き起こすなら「セルーネ」と「セルーネイ」となるだろうか。「セルーネ」はD&D第3版よりも昔の発音ガイド、「セルーネイ」は第3版のものだ。第3版以前のD&D和訳では「セルーネ」表記が多かったので、そっちで記憶している往年のユーザーも多いのではないだろうか?
MTGのフレイバー・テキストでは「セリューン」と訳されているが、こんな風には発音できないので明らかに誤訳である。
豆知識その2:バルダーズ・ゲートの街
Baldur’s Gate is a welcoming and inclusive port city on the Sword Coast. It’s a haven for opportunity, commerce…and corruption.
バルダーズ・ゲートは、ソード・コーストにある誰でも受け入れる活気あふれる街です。ここはチャンスと商売と……そして腐敗の天国です。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
豆知識その2はバルダーズ・ゲート(Baldur’s Gate)の街の概略だ。和訳があまり良くない。
まず原文で「port city(港町)」とあるのにその情報が欠落している。
次に「haven」が「天国」と訳されているが間違いだ。港町という文脈にあるのだから、「停泊所」あたりが妥当な解釈だろうか。ちなみに、いわゆる天国の綴りは「heaven」である。
バルダーズ・ゲートは、ソード・コーストにある誰もが歓迎され受け入れられる港町です。ここはチャンスと商売と……そして腐敗に溢れた停泊所なのです。
まあ、こんな感じじゃないだろうか。
豆知識その3:バルダーズ・ゲートの守り
Baldur’s Gate is protected by the Watch, who guard the citizens of the Upper City; and the Flaming Fists, a mercenary company who control Wyrm’s Rock, an imposing island-fortress.
バルダーズ・ゲートは上層地域の市民を守る「警備隊」と、堂々たる島の要塞「ウィルムズロック」を支配する傭兵組織「燃える拳」によって守られています。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
バルダーズ・ゲートの守りを固める「警備隊」と「燃える拳」について解説している。
この和訳にも引っ掛かるところがある。「燃える拳」の拠点は「Wyrm’s Rock」という島の砦であり、D&Dの和訳では「竜岩砦」とされているものだ。
そして「竜岩砦」と陸を繋ぐ橋は「竜渡り橋(Wyrm’s Crossing)」である。
「竜岩砦」も「竜渡り橋」も有名な場所なので複数のカードのイラストやフレイバー・テキストでその存在を確認できる(そもそも傭兵組織「燃える拳」が有名なのだ)。
豆知識の和訳では、「竜岩砦」ではなく「ウィルムズロック」と独自の言葉に置き換えている。その上、MTGの和訳では「Wyrm」の訳語がバラバラなのも印象が悪い(D&D関連のMTGに限っても全然統一できていない)。具体的には、「竜」、「ワーム」、「ウィルム」といった具合に訳ブレしている。
これに限った話ではないのだけれど、MTG翻訳陣にはコラボ相手の定訳をちゃんと踏襲してもらいたいものだ。
豆知識その4:大口亭
The Yawning Portal is a tavern in Waterdeep named after the great hole in the taproom that leads to the dungeons of Undermountain.
「大口亭」はウォーターディープにある酒場です。そこには、その名の通りアンダーマウンテンのダンジョンへと続く大穴が大口を開けています。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
都市ウォーターディープにある酒場「大口亭(The Yawning Portal)」の解説文だ。
カードでは大口亭の経営者ダーナン(Durnan)がカードセット「統率者レジェンズ:バルダーズ・ゲートの戦い」に収録されている。ただし、カード名は大口の門のダーナン(Durnan of the Yawning Portal)であり、「大口亭」が「大口の門」になってしまっている。
大口亭に入口のあるアンダーマウンテン(Undermountain)はフォーゴトン・レルムでも有名なダンジョンの1つだ。
ダンジョン・カードの狂える魔道士の迷宮(Dungeon of the Mad Mage)はアンダーマウンテンを指している。この迷宮の創設者ハラスター(Halaster)の別名が狂える魔道士(The Mad Mage)であったのだ。
ここを舞台にした関連製品は数多い、D&Dユーザーならば小説やビデオゲームでもお馴染みの場所であろう。
豆知識その5:ドラゴン
Chromatic dragons are driven by greed and united by their sense of superiority. Meanwhile, metallic dragons are curious, protectful, and can shapeshift into humanoids and beasts.
クロマティック・ドラゴンは欲に駆られたドラゴンで、それぞれが優越感を持つがゆえに結束しています。一方メタリック・ドラゴンは好奇心旺盛で庇護欲が強く、人間や獣に姿を変えることもできます。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
「ダンジョンズ&ドラゴンズ」を構成する二大要素「ドラゴン」についての解説だ。
D&D独自のドラゴンの特徴を語っていて、「クロマティック」つまり「色の」ドラゴンと、「メタリック」つまり「金属の」ドラゴンの2種類に大別されるのだ。
これはフォーゴトン・レルム世界だけの話ではなくて、一般的なD&D全般で共通している設定だ。
豆知識その6:ターシャ(イグウィルヴ)
Iggwilv is famous for creating her namesake Demonomicon, which contained many spells such as Tasha’s hideous laughter, Tasha’s mind whip, Tasha’s otherworldly guise, and torment.
イグウィルヴは、その名を冠する「イグウィルヴのデモノミコン」の製作者として有名です。デモノミコンには、ターシャズ・ヒディアス・ラフターやターシャズ・マインド・ウィップ、ターシャズ・アザーワールドリー・ガイズ、トーメントといった多くの呪文が収められています。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
イグウィルヴ(Iggwilv)ことターシャ(Tasha)はD&Dの有名キャラクターだ。彼女の出身はフォーゴトン・レルムではなく、オアース(Oerth)という世界である。
ターシャやモルデンカイネン(Mordenkainen)のようにD&Dを象徴するキャラクターはいくつかオアースから越境してカード化されている。ファンサービスであろうが、元々から魔法で世界を渡ることも可能な設定なので違和感はそれほどはない。
ターシャを象徴する呪文の1つ「ターシャズ・ヒディアス・ラフター(Tasha’s Hideous Laughter)」はMTGでもカード化を果たしている。
この呪文はD&D第2版初出時点ではもっと長い名前で、「ターシャズ・アンコントローラブル・ヒディアス・ラフター(Tasha’s Uncontrollable Hideous Laughter)」だった。ちなみに当時は「ターシャ」と「イグウィルヴ」は別個のキャラクターだったが、後に掘り下げが行われて同一人物として統合された。
カードセット「フォーゴトン・レルム探訪」でMTGとD&Dがコラボしたので、私は久々にD&Dの最新情報に触れたのだけれど、この手の設定更新に色々とビックリしたものだ。
豆知識その7:ミンスクとブー
Minsc is a beloved berserker and a virtuous member of the Heroes of Baldur’s Gate. He can always be found accompanied by his most trusted companion Boo, a hamster that is definitely a miniature giant space hamster.
ミンスクは皆に愛されるバーサーカーであり、バルダーズ・ゲートの英雄の中でも高潔な人物です。彼は常に、最も信頼する相棒であるミニチュア・ジャイアント・スペース・ハムスターの「ブー」とともにあります。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
ミンスクとブー(Minsc & Boo)はバルダーズ・ゲートの人気キャラクターだ。
個人的な印象としては、ビデオゲーム「バルダーズ・ゲート」に出てきた強烈な個性付けをされたキャラクターコンビに過ぎなかった。ところが、ミンスクとブーは人気を博してコミックなどでもどんどん登場して、時代を越えて活躍し続けていたとのこと。カードセット「フォーゴトン・レルム探訪」で知って、これまた大変驚かされた。
さて、この豆知識の和訳にもよろしくない点がある。「バルダーズ・ゲートの英雄の中でも高潔な人物です」と書かれているところが問題ありだ。
原文では「a virtuous member of the Heroes of Baldur’s Gate」なのだが、これはバルダーズ・ゲートの街の漠然とした不特定多数の英雄たちの1人という意味ではなく、ミンスクが所属する特定の冒険者グループのメンバーであることを示しているのだ。
ミンスクは皆に愛されるバーサーカーであり、「バルダーズ・ゲートの英雄団」の中でも高潔な人物です。彼は常に、最も信頼する相棒であるミニチュア・ジャイアント・スペース・ハムスターの「ブー」とともにあります。
問題の部分は、例えばこのように次の「豆知識その8」の表記に揃えて括弧括りにした方が明らかに分かりやすい。私は「The Heroes of Baldur’s Gate」の公式な和訳名称を知らないので、ここでは仮に「バルダーズ・ゲートの英雄団」としてみた。
余談だが、MTGアリーナではミンスクとブーのアバター、そしてプレインズウォーカー・カードにはボイスが実装されている。アバター選択時やプレインズウォーカー・カードを使った時に、ミンスクが台詞を喋るのだ。
時代を遡ってビデオゲーム「バルダーズ・ゲート」当時、この時にもミンスクにはボイスがついていて、先日フォロワーの方から当時の音声を聞かせていただいた。懐かしいなとしみじみしたのだけれど、よく声を吟味するとこの声はMTGアリーナとそっくりだと思えたのだ。
もしかするとMTGアリーナの現在のミンスクもバルダーズ・ゲート当時と同じ役者が演じているのではないだろうか?それって素敵じゃないか。
豆知識その8:キャッティ=ブリー
Catti-brie is a kind and insightful member of the Companions of the Hall, a group of adventurers that also count Drizzt Do’Urden and King Bruenor Battlehammer among its members.
ドリッズド・ドゥアーデンやブルーノー・バトルハンマーも名を連ねる冒険者グループ「ミスラル・ホールの仲間たち」の一員であるキャッティ=ブリーは、心穏やかで洞察に優れた人物です。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
キャッティ・ブリー(Catti-brie)についての解説である。R.A.サルヴァトーレ(R.A.Salvatore)の小説シリーズで登場した主要キャラクターの1人だ。
小説の主役であるドリッズド・ドゥアーデン(Drizzt Do’Urden)や、キャッティ=ブリーの義理の父ブルーノー・バトルハンマー(Bruenor Battlehammer)もMTGでカード化を成し遂げている。
豆知識の和訳はこれまた不満点がある。まずブルーノー・バトルハンマーの肩書き「King」が和訳では訳出されていない。
そして、主語の修飾がダラダラと長いために、この文章がキャッティ=ブリーの解説であることが見えにくくなっている。英語の文章は後ろから訳そうってセオリーは時と場合によるよねって話。
サルヴァトーレの小説キャラクターが続々カード化されているのは人気を考えれば納得の結果だ。
その一方で、フォーゴトン・レルム世界の原作者エド・グリーンウッド(Ed Greenwood)のキャラがあまり見当たらないのは意外だった。グリーンウッドのお抱えキャラでフォーゴトン・レルムの顔であるエルミンスター(Elminster)が最初のカード群に居なかったのは心底驚いたものだ。
カードセット「フォーゴトン・レルム探訪」にエルミンスターの姿はなかった。だがその代わりなのだろうか、グリーンウッドが二十数年前にD&D専門誌Dragon誌の連載記事で創作したドラゴンたちとかがカードとして収録されていた。砂漠滅ぼし、イムリス(Iymrith, Desert Doom)や年老いた骨齧り(Old Gnawbone)、ドラコリッチ、エボンデス(Ebondeath, Dracolich)……。これもファンサービスだろうが、それでもエルミンスターが居ない失望の方が大きかったようなファンの反応を覚えている。
個人的に残念だったのは、エレイン・カニンガム(Elaine Cunningham)の小説作品のキャラクターがいると思ったのに、どこにも見つからなかったことだ。アリリン・ムーンブレイド(Arilyn Moonblade)とダニーロ・サン(Danilo Thann)のコンビはカードになると期待していたのだが……。
豆知識その9:ミーリム
Miirym was one of the guardians of Candlekeep, Faerûn’s famous library-fortress of enlightenment and knowledge. The ghostly and lonely dragon only desires to protect Candlekeep, and to fly again in the blue sky.
ミーリムは、フェイルーンで有名な啓蒙と知識の図書館要塞である「キャンドルキープ」の守護者でした。この霊的な存在である孤独なドラゴンが望むのは、キャンドルキープを守ることと、再び青い空を飛ぶことです。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
ミーリム(Miirym)はキャンドルキープの地下に住まう幽霊のシルバー・ドラゴンだ。強力な魔法で守護するように拘束され、死後もその魔法に縛り付けられた幽霊となってしまった。
豆知識の和訳では、ミーリムたった1人が「守護者」であったような書きぶりである。ところが、原文を見ると「one of the guardians」なので、キャンドルキープを守る(守ってきた)者たちの内の1人というのが本当のところである。
さて、このミーリムの初出だが、先述したD&D専門誌Dragon誌のエド・グリーンウッドの連載記事で初登場したドラゴンであった。1998年5月号のDragon誌247号だ(書庫を漁って雑誌現物を確認した)。当時から「The Sentinel Wyrm Miirym」との二つ名で記述されており、カード名はそれをちゃんと踏襲したものだ。
豆知識その10:ルールー
Lulu is a gentle and caring hollyphant who served for centuries as the war mount for a certain fallen angel, and believes in the power of friendship above all else.
ルールーは紳士的で思いやりのあるホリファントです。かつては数世紀にわたりある堕天使の乗騎として仕えていたルールーは、友情の力は何ものにも勝ると信じています。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
ルールー(Lulu)はD&D第5版からの登場ということでかなり新しいキャラクターだ。ホリファントはもっと昔から存在している種族で、羽の生えた金色で小型の象の天使といったイメージ。ちなみにルールーの性別は女性だ。
ルールーと友情を結んだある堕天使というのが、カード化もされているザリエル(Zariel)である。天使であった頃のザリエルはルールーに戦象のように跨って戦場を駆けた(ルールーは巨大化できる)。
では豆知識の和訳に関して最後に1つ。
この文章に限ったものではないが、英語の「mount」を「乗騎」という用語に置き換える翻訳は私は常々面白いと感じている。
この場合の「mount」は「乗用馬」のことで、それと同じように「車・バイク・自転車などの乗り物」も指す。そして、「乗騎」は辞書にも載っておらず、ゲーム界隈の造語と考えられる。
かつて、RPGなどのファンタジー作品では乗るのが「馬」と限らないので、訳を工夫する必要があった。そういった必要性から生まれたのだろうか、おそらく90年代のRPG界隈で「乗騎」という言葉が「乗用生物」や「騎乗動物」を指す言葉としてよく見られるようになった。少なくとも私はその頃からそうなったと感じた。
「乗騎」はSNE辺りの翻訳物か独自開発のRPGシステムに記載されて、日本のゲーム界隈に広まったんじゃないか?と私は睨んでいるのだが、実際のところどうなのだろうな。
さいごに
MTGアリーナ専用カードセット「アルケミーホライゾン:バルダーズ・ゲート」の豆知識に関して語り終わった。資料として記録に残すのは意義があるだろうと始めたものだったはずが、半分は私個人の思い出語りになってしまった。
本サイトの趣旨は「MTG世界に関するストーリーや設定」を取り扱うことなので、コラボ先であるD&Dのような別ゲームは取り上げないつもりであった。それに現行のD&Dは第5版であるのに対し、私の持つ資料や知識は第1版が少々あるものの、第2版と第3版時代が大部分であり、それ以降はサッパリ分からない。ならば半可通な私がやるよりは、現役でD&D専門に紹介している方々に任せる方が適切だという判断もあった。
とはいっても、MTGアリーナの対戦待ち画面の豆知識を集める作業なんて、おそらく他の誰も手を出さないだろう。ならば私がやるしかない。そもそも私自身が豆知識の内容が気になっていたので、今回だけは例外としてD&Dの記事化に手を出してみた次第だ。まあ思い出語りもできたので楽しかったよ。
では今回はここまで。