心を削るものグリール(Greel, Mind Raker)はカードセット「プロフェシー」収録の伝説のクリーチャー・カードである。
グリールはプロフェシーに1回登場したきりだが、今年のカードセット「基本セット2021」にはプロフェシーのストーリーで活躍したテフェリー(Teferi)とジョルレイル(Jolrael)が新規カードで収録されているため、その縁で今回取り上げることにした。
グリールは日本ではおそらくほとんどのファンに誤解されているキャラクターである。正しい公式情報を再確認したい。
心を削るものグリールの解説
“You’re Latulla’s gift to me, and I always play with my presents.”
お前はラトゥーラからわしへの贈り物なんだ。わしはプレゼントをもてあそぶのが好きでね。
引用:心を削るものグリール(Greel, Mind Raker)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版
心を削るものグリール(Greel, Mind Raker)はAR4205年のプロフェシー戦争のストーリーで登場した。ケルド本国のゆりかご館(Cradle House)1で成長し、失脚したラトゥーラ(Latulla)に随伴して北ジャムーラ亜大陸に渡って戦場で戦った。トレイリアの幹部であるレイン(Rayne)を殺害したが、その直後にレインの夫のバリン(Barrin)の魔法によって全身を分解されて絶命した。
グリールはケルド人のエリッサ(Erissa)に仕える「悪魔のような僕(demonic servant)」である。特殊な能力を獲得したケルド人男性、あるいは、ケルド人に似た姿をした別の何かである。急速成長、超再生、生命力吸収、疫病などの数々の超常的な能力を備えており、小説Prophecyではしばしば「怪物(Monster)」を自称している。
表向きは笑顔で友好的な態度を取ってくるが、その本性は冷酷な殺人鬼でサディストである。およそ人間的な良心があるようには思えない。グリールは人間の生命エネルギーを喰らって生きており、同胞のケルド人の赤ん坊や戦士の命を人知れず奪い続けていた。
グリールは成人に見えるものの、おそらく誕生から数か月しか経っていない。小説Prophecyでは初登場時はケルド人の少年であり、数週間のうちに8歳児程度から大人の姿へと急成長をしている。この異常な成長速度から考えて、AR4205年中に誕生したと推測される。作中では外見に比べて精神年齢は幼い子供のような描写が見受けられるが、実年齢が1歳未満ならば不自然なことではない。
カードのメカニズム上では、手札を捨てさせる能力を持たされている。MTGにおいて、このいわゆる手札破壊は精神攻撃を表しているものではあるが、グリールはストーリー上で魔法的な精神攻撃は特に行っていない。ただし、グリールは味方にすら恐怖されるという描写があり、精神への作用という点で見れば通ずる面が見出せる。
グリールの外見
小説Prophecyによると、身長はケルド人戦士に匹敵する長身だが、体形は細身で顔も細い。
一方、イラストに描かれた姿は豹のような顔つきと斑点模様があり犬歯が発達しており、額には第3の目を持っている。人間離れした様相で描かれているが、肌の色は一般的なケルド人と同じ灰色である。
小説Prophecyには第3の目や豹に似ているという描写はない。しかし、グリールはその外見をどんどん変えて成長していく特性と、戦場で一旦全身が骨が見えるまで焼かれた後に自己再生した描写がされている。あくまで仮説であるが、明らかに異常な再生能力を人目をはばからず披露したため、本性を隠す必要はもうないと判断して、小説終盤ではこういった怪物的な姿になったのではないだろうか。
グリールの年齢と口調
グリールは上述の通り、肉体的には成人しており常人を遥かに凌駕する異能を持っているが、実年齢は1歳未満と考えられ、精神的には幼さを垣間見せる人物である。
にもかかわらず、フレイバー・テキストの和訳製品版では一人称が「わし」と老人のような口調に訳されている。これが人物造形と乖離しており違和感が残る。
君はラトゥーラから僕への贈り物なんだ。僕はプレゼントといつも遊んでるんだよ。
無邪気な風を装って、にやにや笑いながら獲物をいたぶって悦に浸る、残忍な子供のような怪物。グリールの設定描写からするとこんな口調の方がよりもっともらしいと私は考える。
ちなみに、このグリールの言葉は奴隷のハダッド(Haddad)との最後の会話の一部である。戦場の混乱で逃走を図ったハダッドを捕まえたグリールは、戦いが終わったら君の元に戻ってきて遊んであげるよ、と楽しそうに語っているのだ。
では続いて、グリールの超常的な異能力を個別に解説していこう。
グリールの超再生能力
グリールの超常的能力その1が超再生能力だ。
グリールは身体へのダメージを急速に治癒する超再生能力を持っている。どんな傷でも見る見るうちに塞がってしまうし、たとえ全身を火炎で焼かれて肉が落ち骨まで見える状態になっても活動可能で、肉体を健常な状態まで復元することができる。
この超再生はグリール関連のカードでは取り上げられていない特性である。
グリールの再生能力は非常に頼もしい能力であったが、大魔術師バリンは魔法によりグリールの細胞と細胞、骨と筋肉とをバラバラに分解して再生を封じ、グリールの命を絶っている。
グリールの生命力吸収能力
グリールの超常的能力その2が生命力吸収能力だ。
グリールは生物の生命力を吸収して食らい成長する。この吸収能力を発動させると、グリールに生命エネルギーが吸い込まれていき、その周囲にいただけの者でさえ身も凍るような寒気と恐慌に捕らわれてしまう。
その上、吸収した生命エネルギーをアーティファクトの動力源として転用することも可能である。小説Prophecyでは奴隷を抱きかかえてエネルギーを吸い出し、ラトゥーラの陸艇(Land Barge)の速度を上げて見せた。
体力奪取
With each grunt of pain from Haddad, Greel’s grin widened.
ハダッドが苦痛のうめき声をあげるたびに、グリールは嬉しそうにニヤッと笑った。
引用:体力奪取(Steal Strength)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版
体力奪取(Steal Strength)はグリールの生命力吸収能力を直接的に描いているカードである。
フレイバー・テキストの「ハダッド(Haddad)」は、プロフェシーのストーリーのメインキャラクターの1人でジャムーラ人男性である。キパム連盟の兵士であったがケルド人の捕虜となり、ラトゥーラの奴隷となった。
ケルドまで連れていかれたハダッドは、グリールがエリッサから与えられた赤ん坊の命を喰らう姿を運悪く目撃してしまう。グリールの本性に気付いてしまったハダッドは、グリールの存在を常に意識し怯えることとなった。そんな不自然な態度によってグリールはむしろハダッドに興味を示し、名前を憶えて笑いながら話かけてくる。君は僕がもっと本来の僕らしい時のことを知っているのだろう?と。
グリールのなで回し
Greel’s grin is far less loathsome than his touch.
グリールのニヤニヤ笑いの顔を見るのも恐ろしいけれど、彼に触られるのよりまだましだ。
引用:グリールのなで回し(Greel’s Caress)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版
グリールのなで回し(Greel’s Caress)のイラストは、グリールに腕を握られた相手が干からびている場面であり、カードの効果はパワーの低減である。このカードも生命力吸収能力を示すものだ。
小説Prophecyでは、グリールが眠っているケルド人戦士の体を触って肉付きのよさを確かめ捕食する場面がある。腕を掴まれた相手は急にせき込み始め、苦しみ身を捩り、最期には声にならない叫び声を上げて絶命した。この時も側にはハダッドがおり、寝たふりをしたまま恐怖に縮み上がって眠れぬ夜を過ごした。グリールはわざと隣にいた者を選んで、ハダッドの反応を楽しんでいたようにも見える。
生皮はぎ
The Keldons would never admit it, but Greel unsettles them, too.
ケルド人だってグリールに動揺してるんだよ。そんなこと彼らは絶対に認めないだろうけどね。
引用:生皮はぎ(Flay)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版
生皮はぎ(Flay)はそのカード名の印象に反して、身体ダメージを与える効果ではなく、手札を捨てる精神攻撃を行うカードである。
グリールが獲物を掴んで生命エネルギーを吸い出すとき、周囲の者はそれに恐怖する。上述しているように、小説Prophecyではもっぱらグリールの本性を知ったハダッドが恐れおののく役割であった。
グリールと疫病
グリールの超常的能力その3が疫病である。
グリールは体内に疫病を封じている、あるいは、疫病のキャリアーであると考えられる。小説Prophecyで語られた疫病とグリールの関係は以下のようなものだ。
プロフェシー戦争での疫病
カードセット「プロフェシー」のストーリーでは、戦場となった北ジャムーラ亜大陸に疫病が発生し拡大していく。
キパム連盟に協力したレイン(Rayne)やジョルレイル(Jolrael)の偵察部隊は、「草木を枯れさせる毒あるいは病2」の拡大を確認したのが始まりである。ケルド軍の偵察任務と共に、この枯れ病の調査も進めて行くと、ケルド軍の進軍と枯れ病の集中に相関関係があることに気付く。
植物に続いて動物に影響が現れた。水場近くに動物の死骸が報告されてきたのだ。レインの補佐官シャランダ(Shalanda)による分析結果は、原因は毒ではなく病気であった。
植物の枯れ病と動物の死病がジャムーラ大陸に流行し始めていた。ケルド軍から押収した物資を調査したことで、これらの疫病を拡散しているのがケルド軍であることが明らかになった。
一方、ケルド陣営でも病気による死者が出ていた。グリールの居たゆりかご館やジャムーラの宿営地での謎の死である。疫病はケルド軍の兵器であるのだが、実は侵略軍の総指揮官ラトゥーラは自軍が疫病を拡散している事実を認識していなかった。むしろラトゥーラは、キパム連盟がなりふり構わず毒と病気を使ってきた、と驚きを見せていたほどだ。
そしてストーリーの終盤では、グリール自身の身体から疫病の反応が強く観測される事実が明かされた。まるで疫病の発生源がグリールであったかのように示唆し、詳細な事実関係は明らかにされずにプロフェシーは終幕を迎えた。
ラトゥーラが関知していない疫病兵器とは何だったのか?グリールとは何者だったのか?謎ばかりが残ったがその辺は次回に取り上げたい。→その2(未投稿)へ
発生
This plague chooses its victims.
この疫病は、自分で犠牲者を選ぶんだ。
引用:発生(Outbreak)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版
「発生」と訳されたこのカード「Outbreak」は、疫病の突発的発生を意味する。メカニズム上は選んだクリーチャー・タイプだけを弱体化させる効果であり、フレイバー・テキストでもそれを反映させた内容となっている。
小説Prophecyでは、植物を枯らす病の後に動物を殺す死病が発生しており、影響範囲が変わるこのカードと一致した描写である。疫病兵器が単一ではなく複数の種類が交じって拡散されていたと推測できる。
疫病悪鬼
As the strange plague ravaged Jamuraa, the fiends multiplied.
得体の知れない疫病がジャムーラにはびこるにつれ、悪鬼の数が倍増した。
引用:疫病悪鬼(Plague Fiend)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版
疫病悪鬼(Plague Fiend)は疫病が流行した北ジャムーラ亜大陸で数を増やした虫である。
メカニズム上は戦闘ダメージを与えたクリーチャーを破壊できることから、この虫自体が疫病のキャリアーであると思われる。この虫が疫病を媒介するために人為にまかれたものか、自然な疫病耐性を持ったキャリアーなのかは分からないが。
グリールに関する日本の誤情報
本記事ではグリールの設定をまとめて確認してきたが、日本では公式設定とは全く異なる誤情報が拡散されている。
誤情報の内容は「グリールはジャムーラ大陸のナカイヤに住まう闇の妖術師で、悪霊や夜魔を従えている。ケルドのラトゥーラと同盟を結んで戦乱を起こした。」といったものだ。
日本の有名なMTG wikiでも10年以上前から、「(グリールは)ジャムーラ大陸にあるナカイヤの沼に住む邪悪な妖術師で、夜魔の首領。ストーリーではラトゥーラと手を組みキパム連盟に対して夜襲をしかけた。」と同じような内容が存在している。
では、MTG wikiから間違った情報が拡散したのか、というとそうではなく、この記事を書いたMTG wiki編集者に罪はない。私が調査した結果、誤情報の発生源は当時の雑誌記事と判明した。
やがて、彼女(註釈:ケルドのラトゥーラ)はジャムーラの闇の部分、暗黒のマナに従う邪悪な夜魔や悪霊たちを率いる邪悪な存在、《心を削るものグリール》と同盟を結ぶことを決断した。グリールは怪物のごとき醜悪な外見のため、世間から追放され、邪悪に染まった人物だった。彼の命令により、ナカイヤの沼に住む悪霊や夜魔たちが解き放たれ、再びおそるべき夜の魔性たちがジャムーラの夜を跳梁した。人々はケアヴェクが引き起こしたあの悲惨な戦いの時代を思い出し、恐怖に震えた。
引用:Gameぎゃざvol.12の記事「ドミニア年代記 第11回プロフェシー ~予言の時来たれり」
これは当時のMTG日本販売代理店が発行していた雑誌で最初期から連載されていた記事である。ライターはMTG初代翻訳者でもあった人物だ。
内容は御覧の通りでウィザーズ社の公式ソースにある設定と何一つ同じところがない。実はグリールの解説部分だけでなく、この記事にあるプロフェシーの解説にはほとんど正しいことが書いていなくて、驚かされた。ジャムーラの地理情報、ケルドがジャムーラを攻めた理由、ラトゥーラとケルド本国の関係、キパム連盟の成り立ち、ジョルレイルが参戦した理由、西風の魔導士アレクシーの来歴、戦場となった範囲、これら全てがウィザーズ社公式ソースと全然違っていたのだ。
この雑誌だけではない。この記事とほぼ同内容がデュエリスト・ジャパンvol.11の記事「プロフェシー攻略ガイド 預言(プロフェシー)の時来たる!~プロフェシー・ワールド・ガイド~」にも記載されている。さらに、同内容の簡略版は「プロフェシー公式ハンドブック」やゲームショップで入手できたブックレット「プロフェシー・ガイド」などにも確認できる。
なぜ当時の販売代理店は公式情報ではない独自の設定を作り上げて拡散していたのか、なぜ販売戦略的にその選択をしたのか、私には理由は分からない。
だが、日本のファンたちは英語で書かれた公式小説やウィザーズ社サイトの記事と同じ内容を期待していたのではないだろうか?せめて販売代理店とライターは自分たちの独自設定だと断わりを入れる誠実さくらいは見せて欲しかった。
私はMTGのストーリーファンとしてウィザーズ社の公式ソースから正しい内容を集約して発信するしかできない。
では今回はここまで。
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