ランクルとトーブラン(Rankle and Torbran)カードセット「機械兵団の進軍」収録の伝説のクリーチャー・カードである。
伝説キャラクター2人がコンビを組んで、1枚のカードとなったシリーズの1枚だ。色々な次元の異色コンビが収録されているが、この2人がエルドレイン次元の代表である。
今回は、おとぎ話の世界エルドレインのいたずらフェアリーとドワーフ族長のコンビを取り上げる。
追記(2023年4月30日):短編の公式和訳版公開を受けて、それに対する誤りなどの指摘をおまけ節として追加した。
追記(2023年5月6日):ウィザーズ社公式のツイート(リンク)によって、忌まわしき眠り(Wicked Slumber)がエルドレインの出来事だと特定できたためストーリー解説にカード画像を追加した。
追記(2023年10月3日):ランクルとトーブランの短編に関して、「エルドレインの森」で判明した情報を補足として解説した。また、「公式和訳ストーリーの翻訳上のおかしい点」の3番目に、新たに「その3:笛吹きについて本当はどう書いてあるのか?」を挿入した。
ランクルとトーブランの解説
エルドレイン次元では、AR4562年の新ファイレクシアの侵略に対抗して、フェアリーのランクル(Rankle)と、ドワーフのトーブラン(Torbran)が立ち向かった。2人がファイレクシア軍撃退の鍵となったようである。
ランクルとトーブランのストーリー
ランクルとトーブランがコンビを組むに至ったストーリーは、公式記事The Legendary Team-Ups of March of the Machineで語られている。
2023年4月18日現時点では、公式和訳版は公開されていないため、本サイトでは記事中の文章を独自翻訳した(追記:公式記事の公式和訳版は2023年4月19日付で公開されている)。以下の通りだ。
トーブランとランクルの間に結ばれた永久なる友情の絆は、トーブランがランクルを改宗獣から救ったときに芽生えた。トーブランが使命を打ち明けると絆はいっそう深まって、ランクルは恐れることなくトーブランの魔法の指輪を盗んでしまった。この指輪はファイレクシアン壊滅計画に必須の品物なのだ。
何たる悲劇か、この星回りの悪い友情はランクルの気高い自己犠牲で終止符が打たれてしまった。願いの指輪の最後1回を使ってファイレクシアンを巨大な裂け目に誘き寄せると、そこで永遠の眠りに就かせたのである。トーブランは亡くなった友人を一生悼むことだろう。
ランクルとトーブラン、2人の友情がエルドレインを救った。
いい話だな。
……あれ!?でもそういう話ではなかったような……?
ランクルとトーブランの実際のストーリー
ランクルとトーブランのストーリーは、短編Eldraine: The Adventures of Rankle, Master of Loveで詳しく語られている。
先述した設定解説記事とは、かなり雰囲気が違うのだが……。
追記:2023年4月25日、公式和訳版が公開された。本記事とは人名の訳が異なっていたり、翻訳の誤りによる諸々の差異が認められる。それについてはこの節の次におまけの節を設けて、別個に取り上げることにした。追記ここまで
「悪ふざけの名人」との異名を持つランクルは、3人のフェアリー仲間、オーラ(Orla)、マグズ(Mags)、ファイファー(Fifer)から粗末な手作りながらも玉座と冠を授かることになって上機嫌であった。みんなに好かれ認められていると思い込んでいた。ところが、ランクルの戴冠式は嘘であった。ランクルは度が過ぎる悪ふざけのせいで仲間たちからも疎まれており、痛めつけられ住み処の木立ちから追い出された。
片方の翼に怪我を負ったランクルは僻境と王国の境界を走る馬車道を歩いて行くと、語り部チュレインに出会った。不吉な予兆を訴えるチュレインは村人にも相手にされていなかった。
チュレインの後をついてエッジウォールまで行けば、噂に名高い空を飛ぶロークスワイン城がやってきていた。チュレインはアヤーラ女王に間もなく訪れる不吉な兆しを直訴した。
一方、ランクルはアヤーラ女王に一目惚れしてしまった。女王と結婚しよう。心に決めたランクルは惚れ薬を調達するために魔女を訪ねた。
ランクルは魔女の指示に従って愛の花を手に入れるため森へと分け入ったが、そこで機械混じりの奇妙な獣、ファイレクシアの改宗獣に襲われた。ピンチを救ったのがドワーフのトーブランだ。彼が語るところによると、新ファイレクシアの侵略が既に始まっており、宮廷も倒され、ケンリス家も失われたというのだ。
トーブランにはファイレクシア軍打倒の任務が与えられていた。間もなく峡谷に巨大な裂け目が開かれる。その裂け目には目覚めることのない眠りへと誘う効力があり、ファイレクシア軍を追い込んで一網打尽にする作戦である。トーブランには3つの願いを叶える魔法の指輪があり、どうにかこれを駆使して裂け目に向かわせる予定であった。
明くる朝、ランクルはトーブランの指輪が気になって仕方なくなり、それを盗み取った。籠一杯のお菓子を願うとそれが現れたので、やはり願いの指輪だと確信し、2つ目の願いでとうとう惚れ薬を手に入れた。
アヤーラ女王の下に走るランクル。世界の危機にアヤーラとの結婚とか言ってる場合か、と指輪を取り返そうと追い縋るトーブラン。
しかしエッジウォールに戻って見ると、ロークスワインは陥落していた。空飛ぶ城は地上に落ち、女王も騎士団もファイレクシアンに変貌してしまっていた。愛しい人の変わり果てた姿に、ランクルは手遅れだと悟った。
そのとき谷に巨大な裂け目が開いた。敵を倒すために指輪を使わなければと訴えるトーブランに対して、ランクルは最後の1回の願いも使ってしまうのだった。惚れ薬の雨よ振れ、と。あまりの事態に絶望したトーブランは絶叫した。
惚れ薬が桃色の雨となって降り注ぎ、それに打たれたファイレクシアンたちは全員、ランクルに恋をして追いかけてきた。巨大な裂け目の上で滞空するランクル目がけて、ファイレクシア軍はレミングの自殺のように次々と飛び込み、裂け目の眠りに捉えられていった。
そしてまた、片方の翼だけでは満足に飛べないランクルも折り重なったファイレクシアンの山の上に落ちていった。ランクルはこんなに求められ、愛されたことはないと考えつつ眠りに就くのだった。
ランクルとトーブランの解説記事とはいささか、いやかなり違うのだ。
補足:ランクルとトーブランのストーリーのその後
「機械兵団の進軍」の次の本流のカードセット「エルドレインの森」において、戦後1年のエルドレイン次元に再訪が果たされた。そこでは戦後の状況が語られたばかりでなく、ランクルとトーブランの短編での不明な点の真実が明かされている。
まず、忌まわしき眠りの魔法の正体が分かった。ハイフェイの王タリオンと三魔女姉妹(アガサ、ヒルダ、エリエット)の4人が力を合わせた大魔法で、侵略者ファイレクシアンの撃退が目的であった。
タリオン王は三魔女姉妹に協力の見返りとして魔法のアイテムを授けている。また「エルドレインの森」のストーリーでは、タリオンは見返りを約束して英雄にクエストを課してもいる。
これらの事実から、トーブランが誰から忌まわしき眠りについて知り、願いの指輪を与えられ、侵略者撃退の使命を課せられたかが推察できる。そう、タリオンその人をおいて他にいないのだ。
続いて、忌まわしき眠りが発生した際にエッジウォール郊外に裂け目が開いている。これは戦後に絡み架かり(Tanglespan)と呼ばれる広大な裂け目に橋を渡した地域となった。絡み架かりとそこに住むフォーン、トロールに関しては、別の記事を参照のこと。
そして、忌まわしき眠りに落ちてしまったランクルのその後も判明している。
カードセット「エルドレインの森」のメインストーリーの最後に忌まわしき眠りは解除されることになる(ファイレクシアンは睡眠中に処理済み)。そうして、ランクルも魔法が解けて目覚めたのだ。ランクルのいたずら(Rankle’s Prank)で復活した姿を目にすることができる。
またランクルがエッジウォールの街に最初に訪れた際に、下水道からネズミがあふれ出す程に大量発生している様子が軽く描かれている。これは「エルドレインの森」の下水王、駆け抜け侯(Lord Skitter, Sewer King)の前振りとなっているのだ。
おまけ:公式和訳ストーリーの翻訳上のおかしい点
ランクルとトーブランの短編ストーリーの公式和訳版は、2023年4月25日にようやく公開となった(リンク)。原文公開は3月21日(日本時間)なので和訳は1か月以上遅れている。
この翻訳版をざっと読んでみたが、本記事で解説した内容とのずれが認められた。人名の訳の食い違いは取るに足らない些細なものだが、明らかな翻訳の誤りが何か所か確認できた。本記事の残りでは、そういった差異と誤りをここで指摘・訂正して記録として残しておく。MTGストーリー作品の読解の一助となれば幸いである。
その1:フェアリーの名前
冒頭の場面では、ランクルが住む木立ちの仲間のフェアリー3人が登場する。「Orla」、「Mags」、「Fifer」だ。
本記事ではそれぞれ「オーラ」、「マグズ」、「ファイファー」と表記した。公式和訳版では、「オーラ」、「マグス」、「ファイファ」である。3人中2人で食い違っている。
まず「ファイファー/ファイファ」は最後を伸ばすかどうかの違いだが、日本語として音写する場合はどちらもありうるので両者とも正しいだろう。
次に「マグズ/マグス」だが私は「Mags」という名前は必ず濁ると考えており、「マグス」は誤りだと判断した。
その2:鳴き声の真似などしてはいない
Sometimes they ambushed caravans together, and once, they’d made the Questing Beast cry.
時々ふたりは一緒に隊商を待ち伏せし、探索する獣の鳴き声を真似してのけたこともあった。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
ランクルがマグズと協働でやったいたずらを思い出している文章だ。
公式和訳版では、ランクルとマグズは「探索する獣の鳴き声を真似してのけたこともあった。」と書かれているが明らかに誤訳だ。
原文は「make someone cry」の形なので、これは「(誰かを)泣かせる」という意味になる。鳴き真似ではない。
時々二人は一緒に隊商を待ち伏せしたり、一度なんか探索する獣に泣きを見せてやったこともあるのだ。
訳し直してこんな感じだろう。ランクルとマグズは、探索する獣を泣かせたことだってあるのだ。
ランクル視点では、マグズとは過去にこんな付き合いがあるので、それくらい仲が良いって認識を持っているのだ。
その3:笛吹きについて本当はどう書いてあるのか?
The Piper was going to have his work cut out for him.
笛吹きが彼のために仕事をしてくれているらしい。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
ランクルがエッジウォールの街に最初に到着した時、下水道から沢山のネズミが溢れていた。その流れで笛吹きのことが言及されるのだ。
公式和訳版は「笛吹きが彼のために仕事をしてくれているらしい。」と何の話をしているのか意味不明である。「彼のために仕事をしてくれている」の「彼」って誰だ?「してくれている」とあるからランクルを想定した作文なのだろうか。
では、原文の「The Piper was going to have his work cut out for him.」を分割して読解してみよう。
まず「The Piper was going to …」は「be going to」が過去形なので「…するつもりだった(ができなかった)」と読んで、「笛吹きは…するつもりだった(ができなかった)」となる。
そして後半の「have his work cut out for him」だが、これは「面倒だったり沢山だったりする仕事や問題で手一杯になる」という意味の慣用的表現だ。「have one’s work cut out (for one)」で一繋がりなので、単語区切りで日本語に置き換えてしまうとおかしな感じの日本語文になってしまう。
以上を踏まえれば、「笛吹きは面倒な(沢山の)仕事を終えるつもりだった(ができなかった)。」となる。これをもう少し整理して語調を整える。
笛吹きは随分と手を焼いてるみたいだ。
童話「ハーメルンの笛吹き」を想起しているような表現だ。ハーメルンの笛吹きは大量発生したネズミを音楽で操って駆除していることから、童話世界のエルドレインでも笛吹きは同様のことができると期待される存在なのだろう。
笛吹きが駆除に当たっているはずなのにエッジウォールにはネズミが大量発生しているので、その手に余るほどネズミが多くて駆除に手一杯なんだろうな、とランクルは推測しているのだ。
その4:どのように持っているのかを確かめたのではない
Seeing as how the dwarf had a big axe and a shiny ring, Rankle followed.
そのドワーフが大きな斧と輝く指輪をどのように持っているかを確かめ、ランクルは追いかけた。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
ファイレクシアの改宗獣に襲われたランクルを、トーブランが助けた後の文章である。斧を持ったドワーフは頼もしいし、彼のキラキラした指輪も気になって仕方ない、という流れだ。
公式和訳版では「そのドワーフが大きな斧と輝く指輪をどのように持っているかを確かめ」とあるが、これは変だ。
おそらくこうなってしまった理由は、原文の「seeing as how…」を「どのように…なのかを見て」と解釈したのだろう。
ところが、「seeing as how…」は「because」や「since」の意味合いで使われる表現なのだ。この文なら「…の理由で」くらいに解釈できる。
つまり、ランクルが追いかけた理由が書かれているのだ。理由の部分は「the dwarf had a big axe and a shiny ring」となっていて、「and」は斜体で強調されている。
ドワーフはでっかい斧を持ってる上に、キラキラした指輪だって嵌めてるものだから、ランクルは後をついて行った。
ドワーフはファイレクシアンをやっつけた大きな斧を持っている、しかもさっきから気になって仕方ない指輪も持っているもんだから、ついて行くしかないじゃあないか。そういう文章だ。
その5:ケンリス夫妻
公式和訳版で「ケンリス夫妻」という表現が出てくる。ケンリス王とリンデン女王のことだ。
しかし、原文は「The Kenriths」なのでケンリス夫妻と2人に限っておらず、より範囲が広く「ケンリス家」である。
おそらく和訳は味付けしたものだ。「機械兵団の進軍」戦後のカード・イラストとして、ケンリス王とリンデン女王の埋葬を示唆するものが既に公開されているため、それを意識して敢えて「夫妻」としたのだろう。
その6:トーブランの発言内容が変わっている
A great chasm is about to open in the valley. I don’t know how yet, but I must lure our enemies into that chasm.
何故かはわからぬが、この谷に巨大な裂け目が開こうとしておる。儂はその裂け目に敵をおびき寄せねばならん。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
トーブランがファイレクシア軍を倒す作戦内容をランクルに打ち明けた場面だ。
公式和訳版のトーブランは、裂け目が開く理由が分からない、と語っているが、明らかに間違いだ。
この谷に巨大な裂け目が開こうとしている。まだ思いついていないがどうにかして、敵を裂け目に誘い込まねばならん。
トーブランの発言はこんな感じだろう。
つまり、裂け目が開く理由なんて原文では問題にしておらず、どうやって裂け目にファイレクシアンを追い込むのかその方法が今はまだ分からない、と言っているのである。
その7:死骸ではない
As he slowly sunk toward the bodies piled up below,
裂け目の底に積み重なる死骸へ向かってゆっくりと落ちながら、
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
ランクルが惚れ薬の雨を願い、ファイレクシアンが裂け目へ次々と落ちていった場面だ。片翼で満足に飛べないランクルはファイレクシアンの上に落下していった。
ここで「the bodies」を「死骸」と訳してある。これも前後の文脈を読めば、明らかに誤訳と分かる。
裂け目に落ちて積み重なったファイレクシアンは死んだわけではなく、裂け目の不思議な力で眠ってしまったのだ。したがって「the bodies」は「眠りに落ちたファイレクシアンたちの『身体』」を指しているだけだ。
その8:死んでない
he slowly drifted down to rest on a throne of fallen admirers.
彼は死した崇拝者たちの玉座めがけてゆっくりと降りていった。
引用:上が英語原文、下が公式和訳版
「fallen admirers」と表現されたファイレクシアンたちが「死した崇拝者」と訳されている。けれど、先程のその7と同じ理由でこれは明らかに間違っている。ファイレクシアンは死んでおらず、眠っているだけだ。
それに、この直前の文では「everyone in the chasm had fallen into an unnatural sleep」つまり「超自然的な眠りに落ちた」とある。この「had fallen into」に対応しての「fallen admirers」だ、と分かりやすく書かれていると思うのだが……。
その7と8をまとめて。「bodies」も「fallen」も、普通の文章にポンと出てきたなら、「死体/死んだ」と解釈して読んでもおかしくはない。ところが、この短編ではハッキリと眠りに落ちたと書いている。
以上で、おまけの節はおしまいだ。
さいごに
今回は、エルドレイン編のコンビ、いたずらフェアリーのランクルと、ドワーフ族長トーブランを取り上げて解説した。
設定解説記事と短編の内容が大分違っているのが奇妙で面白いところだ。あれは戦争がすっかり終わった後で、トーブランの主観で語られたかなり美化された過去のように思えてならない。あるいは、トーブラン本人ではなくて、吟遊詩人が尊い友情と自己犠牲の英雄譚として脚色を加えて歌い上げているような、その種の綺麗な『美談』ではないか?きっと「敢えて」ずらして含みを持たせているのだ。クリエイティブ担当陣の遊び心だと私は受け取った。
私はこの2人の短編を非常に楽しく読んだ。ランクルが願いの指輪を使って叶えた望み。それに応じたファイレクシア軍のレミング的行動。どちらもおとぎ話モチーフのエルドレイン世界らしい結末だったと感じる。設定解説記事では、トーブランはランクルが亡くなったと認識しているけれど、一読者としては必ずしもそうではなかったんじゃないかと思っている。ランクル死亡はあくまでもトーブラン視点での話で、次回以降のエルドレインでランクルが眠りから目覚め元気に再登場してくる、と私は信じたい。
ちなみに短編作中の舞台となっているエッジウォール(Edgewall)は、宿屋の亭主で見知っているユーザーが多いんじゃないかと思う。
では、今回はここまで。