カードセット「エルドレインの森」のウェブストーリー、連載第4話「Episode 4: Ruby and the Frozen Heart」を読んだ時の雑感をまとめた。
第1話の雑感はこちら、第2話雑感はこちら、第3話雑感はこちらに。
追記(2023年8月30日):ケランとヒルダの会話場面で、公式和訳版に誤解釈による歪みが生じていたため、節を新設して解説した。
連載ストーリー第4話の雑感
カードセット「エルドレインの森」の連載ストーリー第4話を読んだ雑感を以下にまとめた。ツイートとは順番や表現が変わっているだけでなく、大幅に内容を書き足しているので注意。
トロヤンの故郷
ケランとルビーは、前回の同行者となったヴィダルケンのトロヤン(Troyan)と別れ、エッジウォールの街に一旦戻った。私はてっきりトロヤンが新たな旅の仲間になると思っていたので、そうならなかったのには驚かされた。
ケランとルビーは、トロヤンから聞いた彼の故郷について話題に出した。エルドレインとは別の場所出身だといっていたトロヤンの故郷には、「苦痛のサーカス(a pain circus)」があるのだという。
「苦痛のサーカス」という響きは、ラクドスの興行に思える。ラヴニカ次元にはヴィダルケンも住んでいるのでそこで間違いなさそうだ。
トロヤンはラヴニカ出身者なのだろう。
2人目の魔女ヒルダ
1人目の魔女アガサを倒したケランとルビーは、2人目の魔女ヒルダ(Hylda)の氷の城に挑戦する。
魔女ヒルダは「Hylda of the Icy Crown」としてイラストが公開済みのキャラクターで、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの「雪の女王」がモチーフの白青の魔女だ。カードセット「エルドレインの森」では、白青アーキタイプは「雪の女王」となるようだ。
ウィザーズ社の公式ツイートによれば、ヒルダは「The first of MTGEldraine’s three witch sisters」すなわち「三魔女姉妹の長女」だという(出典ツイート)。残りのアガサとエリエットは妹になる。また、ローアンとウィルの双子の実母も三魔女の姉妹だが、アガサ、エリエット、双子の実母の3人の誰が姉で妹かは不明だ(少なくとも連載ストーリー中には言及されていない)。
ケランのバスケットヒルトの真の力
ケランが持つバスケットヒルトの真の力がいよいよ発揮された!
ヒルダの氷の戦士に襲われた際、ケランはついにバスケットヒルトの使い方を会得した。これまでは刀身もない護拳付きの剣の柄に過ぎなかったものだ。が、窮地に陥ったケランが未だ知らぬ父に助けを乞うと、古木製バスケットヒルトから魔法の刃が展開し、氷の戦士を倒せたのである。
バスケットヒルトの和訳再確認
ケランの「バスケットヒルト(the basket hilts)」は、この第4話ではどう訳されているだろうか?確認すると、「蔓で編んだ柄」「蔓の柄」そしてただの「柄」となっていた。
今回も「蔓で編んだ」で通している。やはり違和感がある。
まず、「basket hilt」は日本で「籠状の柄」とか「籠状護拳」とか説明されているのを目にする。つまり、柄を握る手を覆って守る護拳の形が籠状だということであって、蔓を編んで作ったものという意味ではない。
次に、連載第2話を再確認したが、「人間が鍛造した鋼のバスケットヒルトを模して、古き木がそういう形に成長したものだ」と説明されている。今回第4話でも、どこにも「蔓(つる)で編ん」で作られているとは書かれていなかった。
最後に、新たに公開されたイラストを見ても、バスケットヒルトは滑らかに絡んだ木製に見えるが、それは「蔓を編んだ」ものではない。
以上3つの点から、「蔦で編んだ柄」「蔦の柄」という表現は誤った解釈だと思わざるを得ない。
ケランとルビーの人形劇
エッジウォールを発つ前、ケランとルビーは自分たちが魔女アガサを退治した冒険が人形劇になっているのを見た。なんと、劇にはケランやルビーの格好を真似た子供たちが集まって夢中になって観賞していた。
ケランとルビーは英雄たる自覚を持ち始める。結果的にはこの子供たちの姿を見たことがきっかけで、ルビーは魔女ヒルダの孤独な心を解きほぐすことができたのである。
個人的な感想だが、「エルドレインの森」のストーリーの流れ自体には満足している。ただ、展開が早いため、全体的に深みが足りない気がしてくるのだ。
この第4話の件もそうだ。ケランとルビーがアガサ退治を成し遂げてからエッジウォールに帰り、再び旅立つ間際まで、それほど長い時間が経っているようには感じない。だのに、ケランとルビーとアガサの人形が既に作られ劇になっている上に、子供たちの人気を集めている、という状況はだいぶ早すぎないか?と感じてしまった。
更に、ヒルダは立派な氷の城を構える魔女である。だが、主人公はその城に続く最も外側の橋まで苦闘して辿り着き、仲間を抱えて橋を渡る気概を示す場面までで、城に入ることなく魔女ヒルダが敗北を認めてしまうのだ。ストーリーで使える話数やテキスト数が大分かつかつで足らないから、城の外で魔女の心は折れて負けてしまった、と色々端折った巻き展開に見えてならない。
「パイ」もあるよ
ヒルダの城でもてなしを受ける場面で、公式和訳版で情報の欠落が確認できた。
公式和訳版では「香辛料入りのリンゴ酒、温かなスープ」となっているところ、「リンゴ酒」と「スープ」の間に本当は1つ食べ物がある。
どういうことかというと、原文では「Spiced cider, pie, hearty soup」なので、「香辛料入りのリンゴ酒、パイ、温かいスープ」が正しいのだ。
ちなみにほんの少し後の場面で、「ケランはリンゴ酒とパイを手にとった。」と、描写がなかった「パイ」がいきなり出てくるけれど、原文では最初からもてなしの飲食物は全部書かれていたのである。
ケランとヒルダの会話の誤解釈
“Eat you? I suppose you’ve met Agatha,” she says.
“We threw her into a cauldron,” says Kellan. He’s not sure how right Ruby is about this, or even how he ended up here, but he thought it bore saying.
「食べる? どうやらアガサに会ったようですね」
「僕たち、その魔女を大釜に放り込んでやったんですよ!」ケランが言った。ルビーの考えがどれほど正しいのか、そもそもどうやってここに着いたのかも彼はわからなかったが、それを言うのは野暮だと感じた。
引用:上が原文、下が公式和訳版
ここで引用した場面はこんな流れだ。
まずルビーが「ヒルダは改心したと言ってこの城に迎え入れたが、なにせ魔女のやることだから、自分たちを騙して食べようとしているのかもしれない」との旨をケランに警告した。それを受けて、ヒルダはケランとルビーがアガサに会ったことがあると察して尋ねたところ、ケランがこう返答したのである。
ケランとヒルダの会話の公式和訳版
公式和訳版では、ケランは魔女アガサを「その魔女」と呼んだ上に、退治したことを「放り込んでやったんですよ!」と誇らしげに、ざまあ見ろとも言わんばかりに宣言している。発言の最後には「!」までついている。
ケランはそう放言した後に、ヒルダを警戒せよというルビーの言い分の妥当性は分からないし、自分が気絶している間にヒルダがここに運んでくれたというのが本当かどうかも分からないけれど、「それを言うのは野暮だと感じた」として思考を放棄している。
ケランが言葉を投げた相手は、『アガサの姉妹』であり当人も『魔女』であるヒルダだ。私の姉妹の『アガサ』に会ったようですね、との言葉に、「『その』魔女を放り込んで『やったんですよ!』」と返した。
公式和訳版のケランは細かいことを考えないし、相手の心情にも配慮しない、やけに勇ましい少年のように描かれている、と読み取れる。
しかし、正しき心を持つはずの主人公ケランは、いったいどんな気持ちで喋っているんだろうか……?
こうなっている理由は簡単だ。翻訳で改変され、歪められてしまっているのだ。
ケランとヒルダの会話の原文読解
まず「僕たち、その魔女を大釜に放り込んでやったんですよ!」の部分は、原文では「We threw her into a cauldron」なので、「僕らは彼女を大釜に放り込みました」とただ事実を語っている。ヒルダが「アガサ」と名前で呼んだことに対して、「その魔女」と言い換えて返事する冷たい表現もされていない。その上、原文には「!」もない。
次に「それを言うのは野暮だと感じた。」の原文は「but he thought it bore saying.」である。「it bore saying」つまり「それには話す価値があった」という意味で、ケランたちがアガサを殺害した事実のことを示している。公式和訳版は「野暮だ」などとなっているが、「bear」の過去形「bore」を、「退屈」を意味する形容詞の「bore」に誤解釈しているに違いあるまい。
では、翻訳をしてみよう。
ケランとヒルダの会話の再翻訳
「あなた達を食べる?アガサに会ったんですね。」
「僕らは彼女を大釜に放り込んだんです」とケランは告げた。ルビーの言い分がどれだけ正しいのか、そもそもどうやってここまで辿り着いたのかも分かっていないけれど、ケランは正直に話そうと考えたのだ。
原文を訳せばこんな風になるだろうか。
ケランはアガサのことが話題に上がったので、ヒルダに姉妹であるアガサを大釜に放り込んで殺害した、と告げた。
もしルビーの懸念した通り、ヒルダがまだ悪い魔女ならば姉妹の仇だとして襲われるかもしれない。なぜケランはヒルダにアガサを殺したことを明かしたのだろうか?
確かにケランには、ルビーの言い分が妥当かどうかも、ヒルダが改心して城に迎え入れたというのが本当かどうかも、どちらも知るすべはない。だが、ケランはヒルダに嘘を吐いたりごまかしたりすることはせず、包み隠さずに告げるべきだと判断したのだ。
ケランはヒルダの善性を信じようしたのだ。でなければ、こんな決断はできないだろう。
この後の場面では、ヒルダはケランの率直な告白に真摯に応える。姉妹の死を冷静に受け入れ、アガサは報いを受けて当然だったとした上で、ケランとルビーの信頼を得るために、誠実に言葉と行動で示していくのである。
あんたの肉親を放り込んでやったんだ!と粗暴な言葉を投げつけるケランは居なかったのである。
忌まわしき眠りの真実
ケランとルビーは、ヒルダの孤独な心を打ち負かし、その証の氷の冠を手にした。
そしてヒルダは2人に、忌まわしき眠りの魔法の真実を明かした。忌まわしき眠りをかけたのは、アガサ、ヒルダ、エリエットの三魔女姉妹だけでなく、もう1人、フェイの王タリオン(Talion)が力を貸していたのだ。
ケランはタリオンからは三魔女が魔法をかけたと聞かされていた。ケランは真実を隠されていたと知り、タリオンに裏切られたとむせび泣いた。
そうして今回第4話は終了となった。ケランは三魔女最後のエリエットを退治に向かえるだろうか?
さいごに
本記事ではカードセット「エルドレインの森」連載ストーリー第4話の雑感をまとめた。
今夜深夜24時過ぎのストーリー第5回更新でどこまで話が進むのだろう?今回も話数が少なそうなので、巻き展開で深みがいまいち足りままで最終回になるのではと危惧している。
ちなみに、これまで恒例だったサイドストーリーは今回の「エルドレインの森」にはないということだ。つまり、サブキャラの掌編が存在しないということ。それならせめて、メインストーリーの方はしっかり書いてくれよな。
では、今回はここまで。