アーボーグの暴食、ヤーグル(Yargle, Glutton of Urborg)はカードセット「ドミナリア」に収録された伝説のクリーチャーである。
ヤーグルはパワー/タフネスの数値がMTGで唯一の「9/3」であることから、ウィザーズ社は9月3日を「ヤーグルの日(Yargle Day)」と定めている。
2020年9月3日には、当日限定で特別製品「Secret Lair Happy Yargle Day!」が販売されたり、MTGアリーナではヤーグル尽くしの特別デッキ5種類を使った「ヤーグル・デー!」イベントも開催された。(参考:公式記事Happy Yargle Day!)
と、こんな感じでヤーグルは愛されている人気キャラクターのようである。
今回はヤーグルを取り上げてみたい。ヤーグルの設定を解説し、小説上の活躍を紹介すると共に、公開情報からヤーグルの謎を解き明かしてみたい。また、記事の最後におまけとして、ヤーグルの登場したストーリーの公式和訳の翻訳上のおかしい点をピックアップした。
追記ここまで
追記(2022年9月3日):2022年、今年もまた9月3日が巡ってきたが、MTGアリーナは昨日実装されたカードセット「団結のドミナリア」尽くして盛り上がっている。しかし、そこにはヤーグルの影も形もなかった……。「ヤーグルデー!」3年目開催ならずか!?いや、米国時間ではまだあちらは9月2日である。今夜にきっと第3回「ヤーグルデー!」が開催際されるはずだ。
やはり今年も「ヤーグルデー!」が開催。日本時間17時頃にスタートした。今年は「ヤーグルデー:技食同源」と題した趣向を凝らしたイベントとなっているようだ。
用意された5つの構築積みデッキを使って戦おう♪ 黒緑:ガーグル(Gargle)、黒単:ブラーグル(Blargle)、青黒:ブルァーグル(Blurgle)、黒赤:ラーグル(Rargle)、白黒:ワーグル(Wargle)
アーボーグの暴食、ヤーグルの解説
When Belzenlok’s lieutenant Yar-Kul grew too ambitious, the Demonlord transformed him into a maggot. The frog that ate the maggot grew and grew, until a ravenous spirit burst from its body.
ベルゼンロックの副官ヤー=クールが大き過ぎる野心を抱くようになったので、悪魔王は彼を蛆に変えた。その蛆を食べた蛙はどんどん大きくなり続け、ついに体が爆発して貪欲な魂が抜け出すまで止まらなかった。
引用:アーボーグの暴食、ヤーグル(Yargle, Glutton of Urborg)のフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が和訳製品版
アーボーグの暴食、ヤーグル(Yargle, Glutton of Urborg)はAR46世紀のドミナリア次元アーボーグに住む、飢えと悪意の貪欲なる蛙の精(スピリット)である。
ヤーグルは元々、アーボーグの「陰謀団(Cabal)」に属する人間ヤー=クール(Yar-Kul)であったが、陰謀団の悪魔王ベルゼンロック(Demonlord Belzenlok)に罰せられたことで、結果的に現在のヤーグルの姿になった。詳細は後述。
AR4560年、ヤーグルは、ベルゼンロックを狙ってアーボーグに攻めてきたウェザーライト号の前に立ちはだかった。
低いカードパワーとストーリー上の圧倒的大活躍
カードとしては、何も特別な能力のないいわゆるバニラ・クリーチャーである。5マナでパワー/タフネスは9/3と、攻撃力偏重のスタッツにはちょっと驚かされるがタフネス3は結構脆く、特段強いカードというほどではない。むしろカードパワーは低いだろう。
ところがである。ストーリーでヤーグルは圧倒的な大活躍をするのだ!
ストーリー上でも、そびえ立つその巨体と怪力を発揮しているが、それだけではない。カード上の打たれ弱さはどこへやら、攻撃をものともしない頑丈さを見せつけ、さらに酸の雲を吐き出すという特殊能力も披露した。ヤーグルはほぼ1人で、次元を股にかけて活躍する強力なプレインズウォカーや新生ウェザーライト号の乗組員たちといった主人公の面々を相手に圧倒し、窮地に陥れたのだ。
ウェザーライト号を掴んだヤーグルは船体を右に左にと揺さぶると、甲板上の主人公たちは落とされまいと必死に手すりに捕まって耐えることしかできない。ヤーグルに対してはリリアナのアンデッド軍団も、ヤヤの火炎魔法も、艦長ジョイラの燃焼爆弾も有効打にならなかった。
ウェザーライト号がヤーグルの大あごに食べられてしまう!だが、最後のそのときに墓場波、ムルドローサ(Muldrotha, the Gravetide)が救援に現れた。ムルドローサはヤーグルよりも巨体で怪力を持ち、身体は腐った植物や屍や泥でできており掴みどころがなかった。ヤーグルはウェザーライト号から引きはがされて、その重さでムルドローサと一緒に沼の中に沈んで行ってしまった。
巨体と怪力が主体のヤーグルであったが、掴みどころのない身体のムルドローサには歯が立たず、相性負けしてしまったのだ。しかし、強力な主人公一行が束になっても勝てなかった脇役キャラクターなんて、ヤーグルの他にはほとんど類を見ないものだ。
アーボーグの暴食、ヤーグルの誕生
ヤーグルは元々はヤー=クール(Yar-Kul)という名の人間男性であった。ヤー=クールは悪魔王ベルゼンロック(Demonlord Belzenlok)の副官で、陰謀団の指導者でもあった。
しかし、ヤー=クールは大き過ぎる野心を抱いた罰として、悪魔王ベルゼンロックによって蛆虫に変えられてしまった。さらに蛆虫は蛙に食べられると、蛙はぐんぐん巨大化していき、遂には精(スピリット)が体の中から弾け出した。
以上が飢えと悪意の貪欲なる精「ヤーグル」の誕生である。
蛆虫ヤー=クールを食べた蛙がどうしてヤーグルになってしまったのか?
蛆虫になったヤー=クールが蛙に食べられたらヤーグルになった。…いや、どういう理屈だ、そうはならんだろう…と首を傾げる人も少なくない。でも陰謀団の魔法はそういう理屈がよく分からないがおどろおどろしい現象と結果を引き起こすものなのだ。
陰謀団は「狂気魔法(Dementia Magic)」1という系統の魔法に関わっている。狂気魔法では生きた悪夢を従え、狂気空間を操り、ある程度の距離まで瞬間移動することなどが可能である。狂気魔法の産物はどこかしらホラー映画のような不気味で異形な様相を呈して現れる。
陰謀団の最高位にある悪魔王ベルゼンロックももちろん狂気魔法の使い手である。ベルゼンロックから狂気魔法の闇の「祝福」を授かった信奉者は死ぬか怪物化してしまう。例えば、アゴロスの場合は「祝福」で悪夢の領域に引き込まれ、彼の魂(スピリット)と鎧は1つに融合して死霊の虚ろな者、アゴロス(Urgoros, the Empty One)になってしまった。
ヤーグルの場合もアゴロスと同じで、狂気魔法の産物と考えられるだろう。悪魔王の「祝福」か「罰」か、スピリットと融合したのが「鎧」か「蛙」かの違いはあれども。
ヤーグルの誕生はいつ頃?
The Art of Magic: The Gathering – Dominariaによると、ベルゼンロックがオタリア大陸の陰謀団を掌握したのはドミナリア修復時代(AR4500年以降)である。ベルゼンロックがオタリアからアーボーグの要塞に拠点を移し、その後の20-30年間2で、ベルゼンロックはアーボーグの支配を確固たるものにしドミナリア全土に教団員や騎士を派遣した。ベルゼンロックはAR4560年に倒された。
したがって、アーボーグの要塞を居城としたのはAR4560年から遡ること20-30年程度前(ただし40年までは行かない)となるので、AR4520-4540年のどこかの時点であったと考えられる。ヤー=クールがアーボーグで蛆虫に変えられたのは、早くともAR4520年以降で、かつAR4560年よりも前であったと推定できる。
また、誕生日が9月3日であるかは不明だが、もし公式が設定するならおそらくそうなるだろう。
人間時代ヤーグルの陰謀団でのコードネーム
陰謀団の構成員は通例、一般名詞の通り名を持っており、本名よりも通り名で名乗り呼ばれるものだ(例:陰謀団の創設者だから「ザ・ファースト」、鎖使いだから「チェイナー」、おさげ髪だから「ブレイズ」、ささやき声なので「ウィスパー」)。
過去の例からすると、陰謀団の指導者であっても例外なく通り名を当然名乗るものだが、2020年9月3日現在ではヤー=クールの通り名は残念ながら公開されていない。
おまけ:公式和訳ストーリーの翻訳上のおかしい点
今回、ヤーグルの調査のためにカードセット「ドミナリア」の公式サイト連載小説「Return to Dominaria(邦訳:ドミナリアへの帰還)」を読み返した。ヤーグルは第11話と第12話で登場して圧倒的な大活躍をしていたのだ。
こうして2年振りに公式翻訳版を再読してみたが、やっぱり翻訳の誤りがそこかしこにあって読みにくく感じた。本記事の残りでは、ヤーグルに関わるシーンに限ってではあるが、そういった誤りをここで指摘・訂正して記録として残しておく。MTGストーリー作品の読解の一助となれば幸いである。
11話の間違い:その1
“It’s called Yargle. It was created when Belzenlok transformed some idiot called Yar-Kul into a maggot, which was eaten by a frog, which turned into that.”
「あれはヤーグル、ベルゼンロックがヤークルとかいう馬鹿を蛆虫に変えて、それを食べた蛙がああなった、ですって」
引用:上が英語原文のReturn to Dominaria: Episode 11。下が公式和訳のドミナリアへの帰還 第11話
「ヤークル」と訳されてる部分は「Yar-Kul」なので「ヤー=クール」のこと。カードとの翻訳の不一致。
11話の間違い:その2
“Do they know how to kill it?” Shanna asked.
Liliana grimaced. “No. It’s what killed all of them.”
「殺し方は知ってないの?」 シャナが尋ねた。
リリアナは顔をしかめた。「そこまでは。私達全員を殺そうとしてるってことくらい」
引用:上が英語原文のReturn to Dominaria: Episode 11。下が公式和訳のドミナリアへの帰還 第11話
リリアナが豹人のリッチたちにヤーグルの情報を聞き出した場面だ。
シャナがリリアナに尋ねる、豹人たちはヤーグルを殺す方法を知っているのか?それに対して、リリアナの返答は「No. It’s what killed all of them.」である。
公式和訳は「私達全員を殺そうとしてる」と解釈しているが原文は「It’s what killed all of them.」で「us(私達)」のことではく「them(豹人たち)」のことだし、「殺そうとしている」という未来や予想ではなく「killed(殺した)」とすでに終わった事実を述べている。つまり、「いいえ。彼ら全員を殺したのものがあれだ。」となる。
「殺す方法を知ってるって?」シャナが尋ねた。
リリアナは顔をしかめた。「いいえ。あいつが彼ら全員を殺したんだってさ。」
敵の殺し方を聞いたら、逆に敵に殺されたので知ってるわけない、と皮肉な回答が待っていた。少し笑えるものの、むしろお先真っ暗で少しゾッとするやり取りである。
リリアナが呼び出したアンデッドの援軍はかつてヤーグルに敗北して命を奪われた者たちだった。これは分が悪い戦いになりそうだ、とハラハラさせて次回に続くのだ。
12話の間違い:その1
“And everything was going so well, too,” Liliana said with a grimace.
「つまりまた何もかもいい感じに進んでるってわけね」 リリアナは顔をしかめて言った。
引用:上が英語原文のReturn to Dominaria: Episode 12。下が公式和訳のドミナリアへの帰還 第12話
原文「And everything was going so well, too,」は過去進行形なのだから「いい感じに進んでる」はおかしいし、リリアナは雲行きが怪しくなってきたことを「いい感じに進んでる」と反対に言って愚痴ってるわけでもない。直訳して「それで全てがあんなに上手く進んでいたのに、また」くらいになる。
「万事順調だったのに、またなの」リリアナは顔をしかめて言った。
確かにリリアナは悪態をついている。だが、これは現状への嘆きの悪態ではあるものの、公式翻訳のように皮肉っても捻くれてもいない素直な言い方だ。
12話の間違い:その2
Raff gasped, “Oh, that’s new! Jhoira!”
ラフは息をのんだ。「まずいです! ジョイラ船長!」
引用:上が英語原文のReturn to Dominaria: Episode 12。下が公式和訳のドミナリアへの帰還 第12話
ヤーグルの吐き出した酸の雲に、若き魔術師ラフが打ち消す呪文を放ったところ、酸の雲が呪文と交ざり合って液状化した、という場面だ。
「That’s new!」はそのまま訳せば「あれは新しいぞ!」くらいか。また、よくある表現で「that’s new to me」で「初めて見た・聞いた・知った」と言った意味合いで使われる。ということは、酸の雲が打ち消されずに呪文と反応して液体化した、この現象に対しての「新しい・初めて見た!」と驚きのリアクションだったのだろう。
「おお、こいつは新発見だ!ジョイラ艦長!」
こんな緊急事態でも知的発見に興奮している場違いな若造のラフ。そんな雰囲気に思えた。
12話の間違い:その3
“Everyone, brace yourselves!” Jhoira shouted.
「みんな、身構えて!」 ジョイラが叫んだ。
引用:上が英語原文のReturn to Dominaria: Episode 12。下が公式和訳のドミナリアへの帰還 第12話
「みんな、身構えて!」こんな言い方の艦長の指示ってあるだろうか!?
艦船などでの戦闘では「brace oneself (for impact)」で「衝撃に備えろ」という指示はよく見る表現だ。それに、緊急事態での艦長なら「みんな」ではなく「総員」と呼ぶものだろう。
「総員、衝撃に備えよ!」ジョイラが叫んだ。
こういうのがらしい言い方だと思う。
12話の間違い:その4
Raff dragged himself up on the rail. “I’d feel sorry for Yargle, if it hadn’t tried to eat our ship,” he gasped.
“I don’t feel sorry at all,” Jhoira said.
息を切らし、ラフが手すりから身体を引き上げた。「ヤーグルについてはすみません、あれが船を食べようとするなんて」
「謝ることはないわ」 ジョイラは返答した。
引用:上が英語原文のReturn to Dominaria: Episode 12。下が公式和訳のドミナリアへの帰還 第12話
ウェザーライト号の主人公たちを苦しめた強大な敵ヤーグルだったが、突如出現した助っ人のムルドローサにしがみつかれたまま、沼の中へと沈んでいってしまった。上述の通り、相性負けしたヤーグルになすすべはなかったのだ。
それを目撃したラフが「I’d feel sorry for Yargle, if it hadn’t tried to eat our ship」と漏らすと、ジョイラは「I don’t feel sorry at all」とぴしゃりと否定する。そういう場面だ。
公式翻訳ではラフがジョイラに謝っているが、原文はそんな状況とは全然違う。ここは明白に誤訳である。
誤訳の原因は「sorry」を「ごめんなさい・悪かった・申し訳ない」と間違って読み取っていること。ここの「sorry」は「気の毒だ・かわいそう」の方の意味で、「feel sorry for …」なら「…が気の毒だ・かわいそうだ」になる。
もう1つの原因は、仮定法の文章を書いてあるままそう訳して作文していないことだ(ラフの台詞は「もしAでなかったなら、Bだったろう」の形)。
ラフは手すりまで身体を引きずり上げ、「船ごと食べられるところでなかったら、ヤーグルに同情してただろうな」と息をのんだ。
「これっぽちも同情心なんか湧いてこないわ」ジョイラは言った。
2年前、この公式翻訳を初めて読んだ際にも、ここの誤訳部分はツイッターで指摘させてもらったところだ。かなり滅茶苦茶で、話の流れがおかしい結びになっている。なぜ、乗組員でも若輩で下っ端扱いのラフが(全く責任はないのに)「すみません」と謝るとボスの艦長が寛大に許す、それで丸く収まった雰囲気になるのか。さっぱり分からなかった。
いくつも読んできたので感じることだが、担当翻訳ライター(または翻訳アドバイザー)の癖というか作風というか、未熟だったり若かったりする男性キャラクターの場合では下手に出たり謝罪したりといった態度をより強調して拡大解釈している、その傾向があるように感じてならないのだ。私の考え過ぎだろうか…うーん。
さて、指摘もこれでおしまいだ。今回はここまで。
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