カードセット「神河:輝ける世界」のストーリーでは新ファイレクシアの活動が活発化し、多元宇宙を脅かしうる悪役としてその存在感がいや増してきた。MTG30周年に当たる来年2023年こそは新ファイレクシアとの最終決戦じゃないか?という大方の予想に現実味が帯びてきたと感じてならない。
それで改めて『MTG史上での』ファイレクシアの変遷を個人的にまとめておこうと書き出し始めた。『多元宇宙でのファイレクシアの歴史』ではなく現実世界の『MTG史上での』ファイレクシアの変遷の覚書だ。具体的には何年のカードセット/小説/コミック/記事でどう扱われたかといった話になる。
本記事は「ファイレクシアの沿革その1」と題して、MTG史上でのファイレクシアの変遷を時系列に沿って書き出す内容となる。1994年のカードセット「アンティキティー」から始めて、ハーパープリズム小説シリーズおよびアルマダコミック・シリーズを経て、1996年のカードセット「アライアンス」の登場までをざっくりと書き連ねていく。
※ もともと個人的な覚書を最低限読めるように記事化したものなので、雑で味気ないのはご容赦ください。
アンティキティー
1994年3月、カードセット「アンティキティー」でファイレクシア(Phyrexia)はMTG史に初登場を果たした。
アンティキティーのファイレクシア
“The warm rain of grease on my face immediately made it clear I had entered Phyrexia.”
–Jarsyl, Diary
「温かい油の雨が顔に降って来たので、私はファイレクシアに入ったとすぐに理解した。」
–ジャーシル「日誌」
引用:Gate to Phyrexiaのフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が私家訳
ファイレクシア(Phyrexia)はカードセット「アンティキティー」には明らかに関連が分かるカードが2種類収録されていた。
ファイレクシアが地名らしいことと、油の雨が降るおそらくは異界らしいこと、グレムリンが住むことのみが読み取れる。ジャーシル(Jarsyl)という人物が来訪した記録を残している。
アンティキティーのヨーグモス
ファイレクシアの始祖であり首魁であるヨーグモス(Yawgmoth)はカードセット「アンティキティー」時点では、その名を冠するカード2種が収録されたのみで、全くの謎であった。これらのカードにはフレイバー・テキストもないので、「Yawgmoth」がどんな意味のある言葉なのか読み取ることはできない。ファイレクシアとの関連性も見えない。
アンティキティーのスラン帝国
Flawed copies of relics from the Thran Empire, the Su-Chi were inherently unstable but provided useful knowledge for Tocasia’s students.
スラン帝国の遺物を複製した欠陥品、ス=チは本質的に不安定だったが、トカシアの生徒に役立つ知識をもたらした。
引用:Su-Chiのフレイバー・テキスト
上が英語原文。下が私家訳
数々の機械の遺物を残し、ファイレクシアンの発祥となったスラン帝国(Thran Empire)は、「アンティキティー」時点ではSu-Chiのフレイバー・テキストにのみ登場した過去の文明としか情報が無かった。
記事A History of the Antiquities War
1994年5月、公式誌Duelist Suppliment1の記事A History of the Antiquities Warはアンティキティーの物語的背景を語る掌編であった。ファイレクシアの言及が存在する。
この記事は少々特殊な掌編で、後世のアルガイヴの学者2人が大昔の兄弟戦争の真実について歴史資料をもとに自説を戦わせるという形式をとっている。つまり、学者の説に過ぎず、そのまま内容を正史として受け取れない内容だ2。アンティキティー当時はこの掌編記事しか公式が語る兄弟戦争のストーリーは無かったが、非常にあいまいな内容だった。
この掌編では、ファイレクシアはドミナリアとは別の次元の可能性がある場所であり、ジャーシルの記録が残っている、として軽く言及されるのみだった。古代のスラン帝国は現在のアルガイヴの位置にあったという推論と、コイロスの洞窟ではウルザとミシュラの兄弟は「石」だけでなくスラン帝国の遺物を手に入れたであろうという推測が語られた。
このようにファイレクシア、ウルザとミシュラの兄弟と2つの「石」、スラン帝国などの要素はまだほとんど結び付けられずにバラバラの状態であった。
ハーパープリズム小説シリーズ
ハーパープリズム(HarperPrism)は1994年11月の小説アリーナ 魔法の闘技場から1996年12月の最後の小説Dark LegacyまでMTG小説を発行して展開を終了した(小説10冊、短編集2冊)。いくつかの作品では過去の出来事としてウルザとミシュラの兄弟戦争に言及しているものの、ファイレクシアの関与にまで触れている作品は小説Shattered Chainsの1作だけであった。
小説Shattered Chains
1995年3月、小説Shattered Chainsにおいてファイレクシアがストーリー作品に初登場した。
この作品でのファイレクシアは「アーティファクトのための地獄(Hell for Artifacts)」とも呼ばれるデーモンが住む次元であった。デーモンは「知覚のあるアーティファクト(sentient artifact)」を盗んでファイレクシアに持ち帰り、完全に分解してしまうと描写されていた。アシュトク(Ashtok)という名称のデーモンが居ることも判明した(アシュトク自身は登場していない)。
ただし、作中でデーモンと呼ばれるクリーチャーたちは小型で群れており、おそらくPhyrexian Gremlinsと考えられるものだった。
ファイレクシアと兄弟戦争
小説Shattered ChainsはMTG初の小説三部作の2作目であるが、本作と続く3作目の小説Final Sacrificeでは大昔の兄弟戦争の歴史を掘り下げることになる。主人公たちは過去に起こった出来事を幻視したり、実際の戦場であったラト=ナム島を訪れ、当時の遺物と対面することにもなる。
現在ではファイレクシアは兄弟戦争に関与した事実が公表されており、多くのユーザーに当然の事実と認識されている。ところが、この三部作では兄弟戦争とファイレクシアの両者は特に関連付けられることはなく終わってしまうのだ。当時はまだその設定が存在しなかった可能性がある。
その他の小説
ハーパープリズム小説シリーズでは、兄弟戦争期への言及が主に過去の出来事として語られている。
小説Song of Timeではテリシア中央南部のアルマーズ地方のミシュラによる支配。小説Dark Legacyではテリシア西海岸地方での戦いとその影響。短編Defender(短編集Distant Planes収録)では軽い一言の言及。3
しかし繰り返しになるが、ファイレクシアに関する言及は小説Shattered Chainsのみである。
アルマダコミック・シリーズ
アルマダコミックは1995年7月から1996年10月まで作品を発表していたが、発行予定のいくつかのコミックを残したまま、展開は打ち切られた。アルマダコミックのストーリーの総決算にあたるプレインズウォーカー戦争はコミック上で展開することはできずに、PCゲームBattlemageでその一端を描かれただけで終わった。
コミック版アイスエイジ最終号
1995年10月、コミック版アイスエイジ最終号ではテヴェシュ・ザット(Tevesh Szat)に協力するヨーグモスの僧侶1人が登場し、この人物はファイレクシアに関連すると明確に書かれていた。MTG史上でヨーグモスとファイレクシアが結びつけられたのは、おそらくこれが初めてだ。
アンティキティーのコミカライズ
1995年11月から1996年10月にかけて、アルマダコミックはアンティキティーのウルザとミシュラの物語をコミカライズした。Antiquities Warシリーズ全4号とUrza–Mishra Warシリーズ全2号4である。
このコミックはウルザの妻カイラ・ビン・クルーグが記した記録をもとに描かれた物語で、学者として名高いテイジーア(Taysir)5が註釈を入れるという形式をとっている。したがって、後世から見た兄弟戦争のひとつの形に過ぎず、正史扱いはできないがこのコミックシリーズで兄弟戦争の基盤はほとんど出来上がった。
- カードセット「アンティキティー」のフレイバー・テキストで、ウルザとミシュラの兄弟が「石」を手に入れた場所「コイロスの洞窟(Cave of Koilos)」にはファイレクシアとの次元門があり、石がこの門を封じていたと語られた。
- コイロスの洞窟内にある次元門はカードのGate to Phyrexiaと同じものであるように描かれた。
- ファイレクシアは「機械の獣とデーモンのいる地獄」と語られた。
- ドラゴン・エンジン(Dragon Engine)がファイレクシアから現れた機械生物だと明かされた。さらに巻末解説などでは、オリジナルのドラゴン・エンジンは機械と肉からなるクリーチャーであったが、ミシュラはそれを模倣した機械製のドラゴン・エンジンを生産したことが書かれていた。
- ファイレクシアン・デーモン1人が登場した。巻末解説などによると、このデーモンはカードのヨーグモスの悪魔(Yawgmoth Demon)である。
- テリシアで活動するギックス教団が登場した。機械の死後の世界を信じるカルト教団で、その声はファイレクシアに届いていた。ドミナリアに現れたファイレクシアン・デーモンを「機械王(Lord of the Machines6)」と呼び、指導者あるいは崇拝対象として受け入れ、その配下として働いた。
- スラン帝国は遺物を残した古代文明であった(ファイレクシアとの直接的な接点はこの時点では出て来ない)。
- ファイレクシアに来訪した記録として「ジャーシルの日誌(Jarsyl’s Journals)」と「モラスの旅(The Journey of Morath)」が言及された。
PCゲームBattlemage
1996年末頃から販売されたPCゲームBattlemageは、アルマダコミックの背景世界を下敷きにしたゲームであった。既刊コミックや未発行分コミックの内容や設定補足をするテキストがBattlemageゲーム内あるいはゲームの解説文として確認できる。そこにはファイレクシアに関するテキストも含まれていた。
まばらに存在する文章をまとめると次の通りだ(ただし先述した情報と被る内容は除外した)。
- ファイレクシアは「機械仕掛けの地獄(clockwork hell)」とも呼ばれるドミナリアとは別の次元だ。
- 空から黒い油が降り注ぎ、燃え盛る金属が風景を照らすファイレクシアは、終わりのない悪夢の地獄であり、無数のデーモンが不幸な時計仕掛けの存在を拷問し、引き裂き、その残骸からさらに恐ろしい恐怖を作り出す。デーモンは機械と肉体を融合させる秘密のテクノロジーに習熟している。ファイレクシアン・デーモンの製造したアーティファクトは強力かつ希少なものだ。
- ファイレクシアに来訪した記録として「モラスの旅(The Journey of Morath)」と、新たに「ガンリーの日誌(Ganly’s Journals)」が言及された。コミックでは「ジャーシルの日誌(Jarsyl’s Journals)」だった部分がこの「ガンリーの日誌」に差し替えられたような形だ。
- コミック版アイスエイジ最終巻で、テヴェシュ・ザットと同盟したファイレクシアンは僧侶1人ではなく軍勢であった。ただし、この記述は後世の歴史文書なので内容は正しいとは言い切れない。
- レシュラックはテイジーアによってファイレクシアに幽閉され、数世紀後のモックス・ビーコンの光に導かれて脱出するが、その時にはかつて以上に狂っており、ファイレクシアの混沌を宇宙に解き放とうとしていた。
Battlemageでのファイレクシアに関しては以上である。
アルマダコミックにおいて、ファイレクシアの基本的な設定やイメージが生み出されたようだ(少なくとも諸々の設定がこの媒体で初めて公開された)。
アンティキティー以後のカードセット
小説やコミックで物語が紡がれ設定が膨らんでいった頃、本家MTGの方では基本セットは「第4版」へと移り変わり、5つのカードセットが登場していた。「レジェンド」「ザ・ダーク」「フォールン・エンパイア」「アイスエイジ」「ホームランド」の5つだ。
これらのカードセットではファイレクシア関連のカードは収録されず、ストーリーにも関与しなかった。
いや、より正確には少なくとも発売当時は無関係であった。後々にファイレクシアに関連付けられることになったものは決して少なくないのだが、それにはもう数年の時間が必要だった。したがって、これらのカードセットからは(発売時点では)ファイレクシアの情報は得られない。
アライアンス
カードセット「アライアンス」ではファイレクシア関連のカードが4種類登場した(絵柄とフレイバー・テキスト違いを別換算すれば計6種類)。カードでのファイレクシアの再登場はカードセット「アンティキティー」以来初めてのことである。
再登場を果たしたとは言え「アライアンス」単体を見た限りでは、ファイレクシアのストーリーでの役割はさっぱり見えてこない。キイェルドー国の第三都市ソルデヴで何らかの関わりがあったくらいは辛うじて察せられる。ファイレクシアは単なるゲスト的な再登場だったかというとそうではない。
コミックUrza–Mishra War vol.1の巻末インタビューのピート・ヴェンタースによると、アルマダコミックで出版予定にあったコミック版アライアンスにおいて、足りない設定情報やストーリーを補われるはずだったようなのだ。
コンティニュイティー部門の導師ピート・ヴェンタース登場までこぎつけた。「ファイレクシアの沿革その1」はここまでとする。→その2へ
ファイレクシアの沿革の関連記事
その2以降も続く予定
- 公式誌Duelistの1.5号に相当する
- ただし記事としては切り口がとても面白くて、今の視点から見ても想像を掻き立てられるものがある
- 2018年のイーサン・フライシャーの現代テリシア地図の登場によって、この短編はテリシア西方であったと後付け設定されている
- 予定では3号まで続くはずがアルマダコミック自体の展開が終了となり、コミックは2号で当初予定のアルゴス島最終決戦とは異なる結末で幕を下ろした
- 基本セット第5版のフレイバー・テキストで「テイジーア」、過去の雑誌記事では「テイザー」と表記されていた。公式の発音ガイドは「TAY-seer」なので、本サイトでは正確な表記を採用する
- 「Lord of the Machines」と「Lord of the Machine」の2通りに表記ブレしている